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エレメント・アクティビティ  作者: 志島井 水馬
第三部: 第三章 アイリーの戦死
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09‐ ハウンドロイド

 ビル全体の間取りはシンプルなものだった。建物の一方に非常用の外階段、もう一方には建物内に階段が設置されており建物のほぼ中心にエレベーターホールがある。二か所の階段とエレベーターホールをつなぐ一本の廊下は外壁に面した部分がない。両側を壁に囲まれた狭い通路として作られている。



 通信傍受を警戒して連邦捜査局本局に自我を置くクラリッサとは連携を取らず完全自律行動を取っているクラリッサのコピー…… 倉山が階段から廊下へと顔を出した。人影はない。



 耳に内臓された集音マイクの感度を最大限に上げる。ビル内にいる人間全員が一度に昏倒した事で被害を免れた高次AI達が状況把握を始めている。原因究明をするだけの知識も設備もない様だ。各室で連携もとらず勝手に救急車の要請を始めているのが聞き取れる。



 細い廊下には曲がり角ごとに天井から監視カメラが周辺を警戒している。本体先端にレンズがついているオーソドックスな形の監視カメラだ。廊下にまだ人影はない。



 倉山の耳がこの場に不釣り合いな物音を聞き取った。小さな金属塊が硬い床面を小刻みに叩く音。全部で12個の音源が判別できる。



『四つ足動物の歩行音…… 猟犬種ハウンドロイドか? まさか?』



 倉山の思考が、自分達は罠に嵌められたと判断する。武装ヒューマノイドの足音も複数聞こえてくる。足音は6人分。倉山が身を潜める階段からは遠く離れた場所にある部屋から出てきた。



『罠…… いや』



 作戦開始前、まだ日本製の筐体に入りこむ前にドロシアがクラリッサに言った言葉が思い出される。



『クラリッサさん…… もし日本の武装拠点での作戦展開中に罠の疑いを持たざるを得ない状況に遭遇したら…… それは罠ではありません。どんなに信じられなくとも、目の前に展開された状況が全てだと判断して下さい。日本の武装拠点に世界水準の強襲作戦パターンは通用しません』



 倉山が標準装備の一つである偵察ドローンを飛ばす。小さな飛行音が聞こえる。アンジェラが展開する迷彩ドローンとは性能面で比較にならないお粗末さだがドローンが捉えた映像が倉山の視覚内に映し出される。



『ハウンドロイド3機…… 武装ヒューマノイド6人が一本道の廊下の向こう12メートルの距離にいる。途中、廊下が外壁に接している箇所は無い…… 建物外への脱出は不可能。上層階でも同じ位置にある部屋からほぼ同数のヒューマノイドが廊下へと出てきている…… これで罠じゃないって、マジかよ?』



 なんで…… と倉山の思考が混乱する。



 なんで通路を防御壁で分断しないんだ? 一本道の廊下と突き当りの階段なら通路と階段を閉鎖するだけで侵入者は捕獲されたも同然だ。なんでやり合ったら損害が出るハウンドロイドやヒューマノイドを出してくるんだ? 敵が強かったらどうすんだよ? これが罠じゃなきゃ……



 ホームパーティ後に眠りに落ちた一般家庭を襲うのと難易度的に変わらない。こんなバカげた防御態勢が本当に採用されているのか? 罠でなく?



 倉山が改めて廊下の壁面に注目する。防火扉の類はない。壁一面はクロスに覆われている。あり得ない。合衆国の比較的平和な地方都市でも軍施設の廊下は数メートル置きに天井部分から遮断扉が降りてきて数秒で長い廊下を連続した檻と変える準備が整えられているのが常識だ。



 状況を把握した倉山が姿勢を低くしたままで廊下を走りだした。数秒で武装ヒューマノイドより先行して廊下を進んできたハウンドロイドと遭遇する。装甲というよりも外皮を金属化させた様なドーベルマンタイプのハウンドロイドが倉山を認めて疾走を始めた。



 獰猛な吠え声をあげ、強靭な牙を剥き出して猟犬達が跳躍する。それはつまり、



『噛みつきに失敗したら着地するまで次の攻撃に出られない、のんびりと石を投げてくるのと同じ攻撃だ。ちょっと、ホントに本気か?』



 倉山のオリジナル、クラリッサは過去に時速200キロで疾走するバイクに乗りながら正面から発射された狙撃ライフルを身をかわして避けた事もある。ハウンドロイドがどれほど素早い跳躍をして見せた所でビーチボールを投げつけられた程度の脅威にしかならない。



 すれ違い様に倉山が装備から取り出したのは先端が刃ではなく鋭い円錐の形をしたダガーだった。逆手に持つと手の甲と並行して円錐部分が拳から飛び出る形になる。ハウンドロイドの牙を難なく躱し顎関節をダガーで破壊する。すれ違う僅かな時間に続けて後ろ脚の細い足根関節も破壊する。



 俊敏性が奪われ唯一の攻撃手段を破壊された猟犬など足元をウロウロする故障した自律型室内掃除機と変わらない。倉山が疾走の速度を上げた。床を蹴り上げ壁に体を投げ出しながら回転しさらに壁を蹴りつける。



 四方を硬い素材で覆われた通路の壁面も天井も疾走を始めた倉山にとっては床面と変わらない。拳銃を構えながら廊下を進んできた守衛役のヒューマノイド達は天井を滑走してくる倉山に反応しきれなかった。



 ヒューマノイドの構造的弱点は人間と同じ、頭部と頸部を繋ぐ後頭部分だ。複雑な動きが要求されるためにどうしても空隙が多くなる。頭上を滑走され背後をとられたヒューマノイド達は振り返る間も得られずに倉山のダガー攻撃で行動不能となった。



「…日本製筐体。悪くないな。パワーは物足りないけど精密動作と耐衝撃のバランスが良い。案外と白兵戦と相性がいいな。……買い取れねえかな? コレ?」



 それが6体の武装ヒューマノイドを文字通り瞬殺した倉山の感想だった。



「さて…もう1階上に迎撃部隊が同数。それで全部らしいな。下階からの襲撃にしか備えてねえって事だな。泥川はもう標的に辿りついたかな?」



 同時刻。屋上から2階下ったところから侵入した泥川は豪勢を極めた寝室で3人の護衛ヒューマノイドと向き合っていた。



 一人は銃を構えている。一人は柄のない剝き身の日本刀を携えている。最後の一人は素手だがその両腕は格闘戦に特化した巨大すぎる拳を構えている。



「鼠賊が…… 何者だ?」



 格闘戦に特化した巨躯を隙なく構えながら護衛ヒューマノイドが泥川にそう尋ねた。

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