09‐ リッカの追及
来客の方が優先されるのは当然の話でアイリーは早々にイノリの部屋を後にする事にした。イノリに一礼してエレベーターホールへと続く廊下を歩きはじめる。
廊下に出るとすぐにリッカがアイリーの横に現れて同じ速さで歩き始めた。
『イノリの辛そうな表情が気になるんでしょう? アイリー』
『気にはなるけれど俺は俺に出来る事をするだけだよ』
『どんな?』
『義姉さんはライアンの意識を戻せずにいる俺に失望しているんだろう。俺も歯がゆいよ。昏睡の原因は解明されていない。俺は調査の回数をこなして、その体験の中から昏睡の原因を探るだけだよ』
リッカが大きく溜息をついた。
『バカなの? イノリが医者でもないアイリーにそんな事を期待している訳ないでしょ? まして失望なんて微塵も感じていないよ。イノリが感じているのは』
『言うな。それはリッカの勘違いだと何度も言ってるだろ』
アイリーの制止をリッカは無視した。
『4年間、自分の命を削るように調査回数を重ねてイノリを支えてきたアイリーに特別な感情を抱き始めているんだよ。その感情が自己嫌悪の気持ちを持たせている』
『そんなことある訳がない』
『あるんだよ。アイリーがイノリをどう思っているかが伝わってしまっているから』
アイリーの歩みが止まった。
『ライアンが目覚めたら全部、元通りになる話なんだ。頼むよ』
リッカが溜息をついた。改めて言わなくてもアイリーは現状を十分に分かっている。
他人の死を共有する終末期再生調査中に限り稀に発生する突然の意識喪失事故。
発生件数は過去150年で42件。
発生確率はおおよそ8200回に1回。
現在の患者数 4年前に発症した者1名のみ。
過去に意識喪失から覚醒した者 ゼロ。
昏睡中の調査官に対して別の調査官が再生を試みる追跡調査も過去には実施されたが発生原因は特定されていない。再生調査を担当した調査官が何の発見もなく生還してしまうからだ。
彼に何が起きたのかを知っているはずのナビゲーターも応答しない。
再生を試みた調査官が最後に見るのは予兆もない意識喪失。そして再生終了だ。
だが俺ならば。
アイリーにはその自負がある。自分が兄の終末期再生調査を試みれば何か得るものがあるはずだ。
だがその願いは未だに叶っていない。
発症原因が不明な以上、万一体質や遺伝に関係する要素があった場合アイリーが直面する危険度は計り知れないものとなる。
その危惧があって調査許可がおりないのだ。
代わりにアイリーはライアンが意識喪失を起こした時に再生していた事故と共通点のある事故の再生に挑み続けた。
事故の発生状況、地域、時間帯、犠牲者の生活習慣、死亡状況…
こればかりは周囲の反対を頑なに押し切ってアイリーは調査件数の量的追及に挑み続けた。
気づけば調査件数と結果もたらされた再発防止策の提案件数は共に天才と称された兄の実績を越えていた。
『ライアンの回復をわたしも信じているよアイリー。でも時間がかかると思う。目覚めた時に全員が50代になっていたとかもあり得るんだよ?自分の人生の使い方に責任を持ちなよ』
アイリーと並んで歩くリッカが顔をこちらに向けながら強い口調で言い募る。
アイリーは歩く速度を速めたがリッカはアイリーの網膜に直接投影される拡張現実映像だ。置いて行かれるという事は起こりえない。
『50歳になって目覚めたライアンがイノリの人生を20年以上待つ事だけに使わせたって知ったら、ライアンは自分自身を許さない程に責めると思うよ』
アイリーはリッカの言葉を無視した。リッカは構わずに続ける。
『昏睡が始まってから4年が経っている。ライアン自身にとってもう十分に不幸な状況になっている。目覚めて自分の不幸と向き合わなきゃいけないライアンをサポートしたいアイリーの気持ちはわかる』
アイリーはリッカを無視し続けている。
『でも自分の幸せに責任を持たない人間が他人の不幸を救えると思う?』
この話題に関してだけ、リッカは追及を緩めるという事をしない。
早く話題を打ち切りたい。アイリーはそう思った。
考えても状況は変わらないから考えない、という浅はかな拒絶ではない。
考えて、答えを出してしまったら人生の針路が変わってしまう。そういう問いもあるのだ。リッカはそれを分かってくれない。
『話題を変えてくれリッカ。頼むよ。……頼む』
それしか言えない。リッカが溜息をついた。




