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エレメント・アクティビティ  作者: 志島井 水馬
第二章 エレメンタリスト
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06‐ アイリーが見た夢

 胸に心地よい重みを感じてアイリーはゆっくりと目を開けた。



 倒したリクライニングシートに体を横たえているアイリーの上でリッカが寝息を立てている。



 細く柔らかな前髪の向こうに小さな額、短いながらも形のよい鼻梁と閉じられた長い睫毛が見える。リッカの頭頂部付近から見下ろす形になっているせいだ。



「…頭を撫でて」



 目を閉じたままリッカが小さな声でつぶやいた。



「あなたが命がけの仕事をしている時、支援しているわたしもクラッシュ寸前まで自分を追い込んであなたを護っているんだよ。 ……だから今は頭を撫でて」



 もっともだ。と思ったアイリーは感謝の気持ちを込めて優しく、ゆっくりと、丁寧にリッカの髪を撫でた。



 リッカが再び満足気な寝息をたてはじめる。



『…ないわー。うっわ引くわー』



 背筋に大きな氷柱の断面を押し当てられた様な怖気を感じてアイリーはもう一度目を開いた。そして気づく。



 今、夢を見ていたのだと。



 ヘッドギアは装着されたままだが前面のスクリーン部分は取り外されているので裸眼で部屋の様子を直接見る事が出来る。



 すぐ近くのモニター機器の上に片膝を立てながら胡坐をかいて座るリッカの姿があった。立てた膝に肘をつき、その手に小さな頬を預けている。笑っている。チェシャ猫の様な笑い方だ。



『アイリーがどんな夢をみても自由だけどソレはないわー……。 なに? 眠ってるわたしを大好きハグして下からガンガン』



『やめて。違うから。そうじゃないから』



 自分の顔が真っ赤になるのを感じながらアイリーが抗議した。



 説得力はないだろうなあ。と自分でも分かっている。



『わたしはナビゲーターであって女性じゃないっていうか、人間じゃないんだよ?』

『うん』



『わたしはアイリーに自分を肯定できる人生を指し示す案内人だよ』

『うん』



『わたしはアイリーの理想を知悉している一番の理解者だよ』

『うん』



『でもわたしのお尻さわりたくなっちゃった?』

『いや、触ろうとしてないし。誤解しないでリッカ。労いたかっただけだよ。ほんとに』



 リッカが満面の笑みを浮かべて横たわった姿勢でいるアイリーを見下ろす。



『嘘』

『ホントだって』



『じゃあ労うんじゃなくて崇めるとか敬うとか尊ぶとか仰ぎみるとか』

『いや、それはしたくない』



 あははは、とリッカが小さなおとがいを上げて笑い声をたてる。



『アイリーがその夢をどう転がすのか見てみたい気もしたけど安静義務の時間は過ぎたから、一応ね』



『起こしてくれてありがとう。帰ろうかリッカ』



 アイリーは思考入力でバイタルチェックの解除を要請する。



 すぐに部屋の外から支援ヒューマノイドのクレアがアイリーのスーツと薄型の軽量外骨格型パワードスーツを抱えて現れた。



 手際よくアイリーに掛けられていた拘束を解除してゆく。



 生体情報モニタ対応着から自前のスーツへの着替えを手伝いながら体の各パーツに沿わせ嵌めこむ様に介助用のパワードスーツを装着してくれた。



 記憶に刻まれた死の体験は生還後の身体能力にも大きな影響を残す。1日あればほぼ回復するとはいえ、生還直後は歩行はもちろん自力で着替える事もできない程に疲弊している。



 数時間の睡眠で得られるのは、ようやく半身を起こせる程度の回復でしかない。



『リッカ、メンタルチェックを頼む』



『平常だよ、アイリー』



 あ、そう。と思いながらアイリーは立ち上がった。



 右腕と頬に疼痛を覚えるがこれは再生調査の時に経験した痛みの残滓。幻痛だ。アイリーは無視することにした。


 

 調査開始時には室内にいたテレサの姿がない。帰ったのだろうか。



『テレサはアイリーのデータを採って、もう帰ったよ。先端医療技術研究課で分析した情報は後日持ってくるって』



 そうリッカが教えてくれた。アイリーが眠っている間にも独自の手段で情報収集を続けていてくれた様だ。



 アイリーは背筋と両肩だけで小さく伸びをする。



「クレア、室長はまだ退勤していない?」



 この場でアイリーに付き添っているのは遠隔操作されている筐体であり本体は事故原因調査室全体をモニタリングする支援AIであるクレアが即答する。



「今夜はまだ室長席に在席されています」



 ありがとう、とクレアに礼を言ってアイリーが立ち上がった。



 再生室を出て室長の専用室へと歩き始める。調査が無事に終了した事を直接報告しようと思ったのだ。



 その足取りが軽い理由をリッカはよく知っている。



『時間も遅いから、もしかしたら室長に晩御飯誘われるかもね? アイリー』



 そうかもね。と答えるアイリーの声に少しだけ期待感が滲んでいる。



『そんな嬉しそうな声を出すんなら告白すればいいんだよ。もう前振りは十分なんだからストレートに。愛している。貴女を毎日抱きたいって。俺と暮らしてくれって』



『……。 リッカのその誤解を解く話は長くなるから、また今度な』



『ナビゲーターに嘘は通用しないよ? わたしは最適な相性の二人だと思うよ?』



『そんな訳ないだろ。姉と弟の関係だ』



『彼女が望めば姉弟の関係は一瞬で解消されるよ』



『そんなこと望む訳ないだろ。既婚者だ』



『離婚させればいいじゃん。すぐに認められるよ』



 アイリーは溜息をついた。



 リッカがアイリーの横顔を見る。これ以上何かを言い募ってもアイリーは無視を決め込むだろう。言い争いをしているうちに目的地についてしまう。



 そう予測したリッカもアイリーを思い切りイラつかせる溜息を一つついて姿を消してしまう。



 数分もかからずにアイリーは分厚いガラスのスライド扉がある部屋に到着した。

 事故原因調査室の室長専用室。扉の横にネームプレートが掲げられている。



 イノリ・カンバルとある。室長の名前だ。ラストネームは独身の頃から変えていない。



 部屋の前に立つと扉が自動でスライドした。



 扉の前の人影にセンサーが反応して開いた訳ではない。セキュリティがアイリーのIDを検知・確認してイノリに伝え、イノリが開かせた扉だった。

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