05‐ 尋問
「あなた程度が近衛を名乗れるのなら、組織は恐らく人材不足に悩む少人数の集団ね?」
アンジェラの声に軽侮の感情はない。分析を口にしているだけだ。
「組織の名前に部族の神聖色をつけるのならば、民族紛争を背景としたテロ集団……。 合衆国に出張してきてまで活動を展開するのなら…… 血統や文化、宗教の伝承ではなく民族の経済活動域の拡大を目的にしている集団……。 貴方の不用意な自己紹介でここまで予想がついたわ、どうもありがとう」
アンジェラの言葉はアーヒルに組織に帰れぬ程の失敗を犯した事を悟らせた。
「タマジクト族が関与している活動中のテロ組織というのは該当がないわ。でもモロッコにある“北アフリカの繁栄協議会”という老舗のテロ組織がここ数年、内部抗争を繰り返している」
アンジェラがわざわざ口頭でこれだけの情報を相手に説明しているのは彼女なりの儀式だった。
目の前で自分に屈している囮はどうでもいい。生死さえどうでもいい。
‟襲撃者本人はアーヒルの視覚と聴覚を通して現状を把握しているはず。自己紹介するわ、まだ見ぬスイート・パイ。私の分析力に慄きなさい”
‟私達連邦捜査局の追跡能力をチェックし続け、逃げ回る事に周囲の人を巻き込み、追い詰められる怯えを態度に滲ませて恐怖を宣伝しなさい……。 それが模倣犯の発生を挫く最大の予防策となるのよ。逃げ回る貴方に感謝したくなる瞬間だわ”
アンジェラはまだ見ぬ真犯人へ手の内を見せ続ける。
「先鋭化した部隊の一つがリビアに拠点を置く“青の学舎”……。 貴方はこのあたりの流れを汲んでいる? そして実際の襲撃者を逃亡させる為にここに残らされた……。 ふふふ。襲撃者は臆病な合理主義者ね? 保身に対して純粋ね。とても好みだわ」
「…殺せ」
「あ、うん。貴方を拘留するつもりはないの。仮に襲撃者のエレメンタリストがキミの奪還を仕掛けてきた時に、エレメンタリストの能力に対抗できる装備がある留置所も拘置所もないし」
覚悟を決めて口にした言葉をあっさりと肯定されてアーヒルの鼓動が突然早まった。
殺される。ここで。
自分が感じていた覚悟はただの恰好つけに過ぎなかったと今更に実感する。
アンジェラの声からはアーヒルの命に何の関心もない事だけが伝わってくる。
「国内で余計な被害は出したくないし。貴方はこの後ここで死ぬの。悪く思ってもいいけど恨んだり呪ったりしないでね。ヒューマノイドに怨恨は届かないわ」
うつ伏せで首筋を踏みつけられた状態のままでアーヒルの体が硬直した。
「!? 貴様、ヒューマノイドだったのか!? …糞っ!糞がっ!! 作戦は失敗だ!」
「あら? とても興味深いお話ね。私がヒューマノイドだと何が失敗するの?」
アーヒルが絶叫した。
「我らが新しい支配者に永…」
「ダメよ」
アーヒルの周囲に配置されていた自走型クレイモア地雷がアンジェラの指示で炸裂する。
一方向に限定して爆発する様に設計された小型地雷の複数の爆発を至近距離で受けてアーヒルの両腕と両足が吹き飛んだ。
体は防弾ベストが防御している。四肢を一度に失ったアーヒルが激痛に絶叫し、そのまま意識を失った。
「自殺なんかさせる訳がないでしょう? ……でも死亡まであと2分てトコね。困ったわ」
アンジェラの視界の中に丸い通信アイコンが開いた。アイコンの中心には彼女と同じ顔をしたヒューマノイドが映っている。
同じメーカー同じ型番の体を使っている為だが髪色とスタイル、メイクが異なるために違う個性を持つ別人である事も分かる。
栗色の長い髪を左右に流し、慎み深いハイネックセーターに赤い縁の眼鏡をかけている女性型ヒューマノイド。アンジェラに比べあまりにも気弱げな雰囲気が印象的だ。
『アンジェラさん、仕事が雑すぎます』
『ねえ、見ていてくれたでしょ? ドロシア。これ、どう思う? 国際テロ事件に発展しそうじゃない?』
自分と同じ顔をしたヒューマノイドから仕事が雑と断言された事には反応せず、アンジェラが通信相手のドロシアに問いかけた。
『アンジェラさんがヒューマノイドだった事で作戦が失敗に終わったと言うのなら、青の学舎は目的完遂の為にもう一度同様の事件を起こす可能性があります』
ドロシアと呼ばれたヒューマノイドがアンジェラの言葉を肯定する。
『この場で死んでいた者が東フィリピン海洋自治国の傭兵なら、自治国からの青の学舎への報復も予想されます……。 最悪、連邦捜査局に対するテロ事件と、青の学舎と傭兵国家との抗争の二つが国内で同時に勃発するでしょう』
ドロシアが意外な事に気づいたという表情を見せてこう言った。
『アンジェラさんの雑な仕事のせいで』
『ああ、そう。 ああ、そうね? ありがとうドロシア。何かアドバイスはある?』
ドロシアへの強い信頼と持ち前の強いメンタルからアンジェラは嫌味をスルーして助言を求めた。ドロシアが考える素振りも見せずに即答する。
『直ちにアーヒルに救命措置を施して下さい。脳幹の活動さえ確認できれば小脳から先は機能消失していても構いません。必要に応じてナビゲーターに近似人格を再構築させればいいと思います』
『再構築された記憶だと裁判の時に証言能力に疑義が挟まれるわよ? ドロシア』
『エレメンタリストに奪還させるための生餌にするだけです。証言は必要としていません。それからこの事件はエドワードチームを再招集するべき規模に発展すると私も思います』
アンジェラが懐かし気な表情を浮かべる。
『そうよね。私から申請してみるわ。4年半ぶりのチーム招集ね』
『転職を果たしてバイト生活を満喫しながら穏やかに暮らしていた私は大迷惑ですが、私の気持ちは気にしないでくださいね? アンジェラさん』
『……悪いわねドロシア。皆は最近、何をして暮らしているの? 知ってる?』
『私はベビーシッターのバイトです。残業もなく快適な暮らしだったんですよ? アンジェラさん? ブリトニーはゴミ清掃会社に転職しています。 クラリッサは経理をしています』
かつて対テロ専門の強襲チームで戦況分析を担当していたドロシアがチーム解散後にベビーシッターをしていると聞いてアンジェラはドロシアの近況を照会してみる。
合衆国と同盟8か国が共同運営するテロ制圧部隊の養成アカデミー、国家脅威評価センター。ドロシアはそこで特殊作戦部門の鬼教官として活躍していると知りアンジェラは苦笑した。
狙撃手だったブリトニーは合衆国宇宙軍に出向しレールガン狙撃によるデブリ駆除に専従している事も分かった。ゴミ清掃会社とはドロシアらしい表現だと苦笑が浮かぶ。
『恐るべきベビー達、アンファンテリブル(enfant terrible)ね』
『unfun. Terrible. (糞つまらない)です。個人の感想です。あと招集についてはもう申請しておきました』
ドロシアが俯き加減に自分の長い髪の毛先をいじりながら恥ずかしそうに呟いた。




