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エレメント・アクティビティ  作者: 志島井 水馬
第二部: 第十一章 ネイルソン・ロイシャーシャ
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06‐ なにひとつ……

 シャオホンの周囲に幾百もの輝きが生まれた。重力を無視し中空に留まる輝きは双円錐形に結晶した金剛石だ。シャオホンを取り囲んだ金剛石は次の瞬間に透明な撃鉄に打たれた様にシャオホンへと殺到した。



 シャオホンが予め張り巡らせている空間転移の防御壁を容易く突き破る。エレメンタリストの能力同士が衝突した場合は個人が持つ能力差で相克のバランスが崩される。ネイルソンが物質化した能力は金剛石の硬度でシャオホンの体に撃ち込まれ体内で周囲を同質化させはじめた。



 意識を保ったまま自分の体を液体化、気化させ任意の場所とタイミングで再構築できるミサキと違い炎界の能力を授かっているシャオホンには体内で起きている変化を自分で制御する術を持っていない。



 体内で結晶化した異物を瞬時に分解する事も排出する事も出来ない。小柄な全身が瞬く間に透明な金剛石へと強制的に変換されていく。



 躊躇いも見せずにシャオホンは自由が残る片手を自分の顎に当てた。噴、という掛け声と共にシャオホンの掌から天を衝く火柱があがる。首から上が文字通りに消失する。



 余りの思い切りの良さにネイルソンが驚きの目を見張った瞬間に死角から再生したシャオホンの拳が飛んできた。側頭部を痛打される。ガラスが砕ける音がする。打撃は止まらない。ネイルソンの頭蓋が粉砕される。ガラスが砕ける音がこれに重なる。噴き上げる炎がネイルソンの視界を覆い尽くした。



 大きく体勢を崩しながらも瞬時に頭部の傷を回復させたネイルソンがシャオホンの姿を探す。



 小柄な体に不釣り合いなほど大きな装甲を全身に纏った姿で再生したシャオホンが膝をつき片手で上半身を支えた姿勢のネイルソンを見下ろしている。



「装甲が4層、ガラスに変えられた。お前の変換能力、早いな! ちょっと見直した!」



「装甲の重ね着で僕の防御に対抗したのか。シンプルな発想は相変わらずだな」



「私はミサキやお前みたいにチマチマと外見を繕うのが苦手だ。体は再生したがこの装甲の下はマッパだ。未婚女性にセクハラ攻撃とは堕落したものだな、エロネイルソン!!」



 ネイルソンの顔に動揺が走る。目線を落として小さく詫びの言葉を口にする。



「そんなつもりはなかった。すまない。しょ…… 勝敗が決したらすぐに服を用意する。服ならば僕の能力でも作る事は出来る」



「サイズはどうはかる!? この後、私の体を撫でまわしてサイズを測るお楽しみまで作るつもりか! エロエロエロエロネイルソン!!」



 さらに弁解を重ねようとしたネイルソンに抱きつく姿勢でシャオホンが体を突進させてきた。全身の装甲がガラスに変わり砕け散る。その内側に現れた装甲もガラスに変化する。その間にシャオホンの手刀がネイルソンの胸を刺し貫いた。



 装甲のガラス化が止まる。鼻先が触れ合うほどの近さに顔を近づけてシャオホンが破顔した。



「心臓、掴まえたぜ」



 未体験の激痛がネイルソンを襲った。ガラスの破片も剥き出しの籠手が肺と胃を引き裂きながら心臓を握りつぶしにかかっている。ネイルソンの意志に反して全ての能力が傷の修復へと向けられてしまう。



 こうなってはシャオホンの様に自死を選んでの再生も出来ない。自分の能力を使った反撃もだ。シャオホンは回復の度合に応じてネイルソンの心臓に重度の火傷を与え始めている。超自然的再生力を持つエレメンタリストも体の構造と反応は人間と変わらない。



 今のネイルソンは死ぬ事も出来ず激痛に耐え続ける一般人と変わりがなかった。シャオホンがネイルソンの耳元に口を寄せた。



「お前、やっぱり戦いには向いていないままだったな。エイミーが戻ってくれば私の勝ちだ。このまま帰りを待つ間にお前自身を語れ。 ……子供たちが鶏肉でいいから腹いっぱい肉を食える祖国にしたい。そう言っていたお前の願いはどこまで叶ったんだ?」



 それは68年前、さきのアンチクライスト戦が終わった後にネイルソンが仲間たちに告げていた夢だった。ネイルソンがシャオホンの目をみつめた。激痛に変わりはない。だがその目は冷静さを保っていた。



「なに、ひとつ。だよ、シャオホン。僕は50年かけて何一つ達成できなかった」



 飢餓に苦しむ国への先進国からの支援は何世紀にも渡って続けられている。食料支援は最優先で行われている。主食となる穀物も、肉類もだ。



 だが肉類は国の上層部でのみ消費され難民キャンプに押し込められた市民に渡る事はなかった。穀物を飼料として畜産を試みようとしても施しを与える国がこれを認めなかった。今日、飢えに苦しむ者のために贈った穀物を家畜に与えるな。畜産は経済行為だ。人命より経済を優先するつもりなのか。



 結果としてアフリカは20世紀から500年を経てもなお飢餓地帯を抱えたまま採掘業と農業しか選択肢のない貧困を抱え続けている。



「族長達は自分に分配する権利がない物資の受け入れを拒絶した。村長達は自分達に決済権のない資本の参入を拒絶し、各々の家の家長たちは自分達が理解できない知識を妻や子供が持つ事を拒絶した。先進国からの施しは暴力を伴う略奪という形で消えていった。貧弱な既得権にしがみつく男たちが国を荒廃させ続け…… 僕はそれを変える事ができなかった」



 自分達の手には入ってこない繁栄がある。その理不尽に対して力のある者は大統領を憎み、力のない者は大統領を恨んだ。誰もが繁栄を期待し公平を待ち望んでいた。何をもって公平と見なすかは“俺”が決める。誰もがそう要求した事が招いた自業自得に等しい結果だが、全ての階級で国民の憎悪は大統領ひとりに向けられたのだ。



 ネイルソン自身が望んだのはとてもささやかな事。“どの家庭でも子供達に肉を腹いっぱい食べさせることができる国”それだけだったにも関わらず、既得権は世代を超えて血族内だけで委譲され続け何も持たない家庭に生まれた子供は何も手にできないまま老いていくしかなかった。 



「僕は全ての選択を誤り続け、何も成し遂げることができなかったんだよ」



「そんなもん、早々に見棄ててカイマナイナと二人幸せに暮らす人生だってあっただろ」



「その選択すら…… 僕は間違えたんだよ」



 ネイルソンの声は悔いに満ちたものだった。

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