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エレメント・アクティビティ  作者: 志島井 水馬
第二部: 第十一章 ネイルソン・ロイシャーシャ
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02‐ 水随方円のエレメンタリスト

 子供の意地の張り合い、扇動された正義の聖戦と違い大人同士の争いごとは落としどころ、というものが予め設定されている。犯罪組織の抗争でさえそうだ。組織の頂点が殺されればそこで終わり。予定期間などは最初から定められていない。



 この落としどころに辿りつく前に片方が途中で降伏などしたら事態は予定を超えて悪化する。浮いた火力と余剰の戦意を消費するために焦土作戦、完膚なき残党狩りなどが採用されてしまう。前線が暴走するのだ。



 だからこそ。戦争は双方が落着点まで倦まずに状況を管理し展開し続けなければならない。途中で目的がすり替わろうが、嘘が混じろうが、だ。



 エイミーとシャオホン、さらに後方のアイリーと侵蝕部隊の面々を背に庇いながらミサキは眼前のネイルソンを見上げた。身の丈50メートル。全身は脂で濡れそぼった長く黒い毛が密集しその間から吐き気を催させる呼気を漏らす腐敗した人の口が幾百も見え隠れしている。



 身長差に怖気を感じる事はなかった。元より互いに半径30kmという破格の攻撃範囲を持つエレメンタリスト同士、体を使った打撃戦など最初から想定していない。球体を成す能力範囲内で自由に雷撃を放てるミサキにとって相手の体が大きいことは標的の面積が大きくなるボーナスポイントにしかならない。



 ネイルソンにとって体が大きいメリットは何だろうか。彼はなぜ巨大な姿で戦い始めたのか。



 ミサキの口元に同情と憐憫の苦笑が浮かんだ。ネイルソンは西方マディナ守護者連邦の首都を簒奪するという目的をもって戦争を始めた。その戦後処理のためだ。この戦争に注目している世界が“彼を敵に回しても到底かなわない。改めて手出しなど画策してはいけない”と思い知るための演出だ。



 怨霊と化した姿を見せるネイルソンの周囲には数十の黒色の球体が高速で旋回している。触れたら闇に飲み込まれ一切が消失してしまう球体だ。



 ……そんなもの、空間の置き換え能力を転用すれば一般市民として暮らすエレメンタリストにも出来る。当然、俺にもできる。空間への干渉という本来無色透明の能力にわざわざ着色までしたのは映像として後世に残す為。つまり……



 ネイルソンは不可視の攻撃手段を自分から放棄してしまっている。少なくとも発射と着弾のルートを視認させなければ攻撃としてなりたたないという縛りを自らに課している。戦後の安定を確実なものとするために…… だ。



「……不器用だなあ、お前さん」



 初撃を放つ前だというのにミサキは思わずそう口に出してしまった。



“治安介入部のエイミーが炎界のエレメンタリスト・シャオホンを伴って現れたという事は第三資源管理局はネイルソンをウバンギ国内で捕縛すると決定したという事だ。首都簒奪作戦は未遂で終わる。二人を相手に勝利する事などあり得ない。戦地で遭遇した以上、撤退し追跡を躱す事も不可能だ。お前さんなら…… 前アンチクライスト戦に参加した戦闘特化のエレメンタリストなら理解できるだろう”



“戦争はここで終わり。世界はお前さんを裏切った。殺し過ぎたか、殺し方が不興を買ったか…… ”



 ミサキを見下ろす形で立ち尽くすネイルソンを取り囲む様に空間に無数の孔が生まれている。ミサキが雷撃を放出させるための孔だ。雷鳴が轟き渡る。



「お前さんに怨みはないが…… これが戦争だ」



 無数の孔から雷光が迸る。一瞬の落雷ではない。瀑布の様にネイルソンの体を目指し間断なく黄金色の光が流し込まれ続ける。大気が通電に加担したアーク放電だ。1億ボルトの電流と1万6千度の熱がネイルソンの全身に流し込まれる。



「力任せか。頭の悪い事だ」



 最初に感想を漏らしたのはエイミーだった。ネイルソンはエネルギーを物質に変換するという能力を持っている。これは物質の置き換え能力とは根本が異なる“結晶のエレメンタリスト”ネイルソンだけが持つ能力だ。



 だが能力は無尽蔵であっても無限ではない。ネイルソン自身が試行して得た予想では発生時点に発生個所で能力を予め発動していたら、という前提で衝撃波を伴うボルケーノ式噴火を物質変換させ鎮圧させる程度が限界となる。能力を越えたエネルギーの奔流はネイルソン自身の体に大きな被害を及ぼすだろう。手負いとなった状態では能力の最大値を維持する事は出来ない。つまり…… 飲み込まれて自身が消失する事になる。



「ネイルソンの処理能力がミサキの攻撃力を上回っていたらネイルソンにとってこの時間は敵が勝手に能力強化をかけてくれるボーナスタイムにしかならない。雑魚がどれだけ強化されても私には問題がないが…… 頭の悪さと能力の低さに失望させられるな」



 蔑みの目はミサキではなくシャオホンへと向けられた。ミサキに攻撃を命じたのがシャオホンだからだ。ミサキ自身は最初から眼中にない。というエイミーの強烈な自負の表れでもあった。



 頭ひとつ分の身長差があるシャオホンが斜め上を見上げる様にエイミーに視線を返した。



「おう。予想通りだし。失望も感じては、いる」



“ただし、あんたに対してな”



 後半の言葉をシャオホンは口にしなかった。エレメンタリスト同士の戦いの中で最も重要視されるのは決定打を放つ瞬間まで自分の本当の能力を隠しきる事だ。



 仲間に頼られ、運命を託され、単騎自陣の先頭に立つエレメンタリストは当然に相手からも注目される。部隊の主力から侮られ軽佻浮薄な言動を叱咤され続けている者への警戒は当然に軽いものとなる。



“エイミーまでミサキの処世術にハマってるとは。予想通りとはいえ、お前にがっかりだよ”



 水界のエレメンタリスト、ミサキの真骨頂は索敵能力だ。そして相手がエレメンタリストの場合には相手の能力に融和同調し相手の能力を操作し複製する事さえ可能とするところにある。雷撃のエレメンタリストという二つ名は敵を油断させる欺瞞情報に過ぎない。



“あいつの本当の二つ名は「水随方円」。水は方円の器に随うの理を能力に昇華させたエレメンタリスト。ネイルソンと同等の力を持つ戦闘エレメンタリストだよ。今だってネイルソンの全身はミサキが放っている水蒸気塊に取り込まれている。雷撃で強い衝撃を与えているのは能力解析の水蒸気塊を気付かせないための囮。ネイルソンはシャーレに密封された黴菌状態だよ”



「……まあ、どうであれ。私よりは、弱い」



 シャオホンが最後に漏らした呟きを言い訳と捉えたのだろう。エイミーがもう一度蔑んだ目でシャオホンを見下ろした。

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