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エレメント・アクティビティ  作者: 志島井 水馬
第二部: 第十章 テレサとイノリ  
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10‐ 参戦

 アフリカの空は青い。地上へと降り注ぐ太陽光のうち最も小さな酸素や窒素の分子にさえ散乱させられる光の波長が青だからだ。大気中に水蒸気や塵が混じるほど散乱される光は増えて見た目の白さを増し深い青の色調は失われてゆく。



『たしかレイリー散乱という現象だよな。ハッシュバベルの郊外から見る空の色とまるで違う』



 自前の知識と照らし合わせながらアイリーは深く青い空を見上げた。雲ひとつない晴天。夕刻も近いというのにこの時期、この周辺は日没が遅いのだろうか。心の曇りさえ取り払われる様な澄み切った空だ。



 小さく吐息をもらしてからアイリーは気持ちを切り替える。



「協力に感謝します。エイミー。そして貴女も同行してくれたと知ってとても心強いです。シャオホン」



 怨霊の姿をとっているネイルソンの襲撃は目前に迫っている。必要な情報をやり取りする時間は限られている。ナビゲーターAIを装備していない二人のエレメンタリストに対して情報交換は口頭で行うしかない。アイリーは努めて落ち着いた声を出した。余計な話題を拡げる時間の猶予はない。1秒もだ。



「いやいやいやいや。世界屈指の戦闘エレメンタリスト2人を呼び出しておいてさ? お前、何やってんの?」



 派手な生地で仕立てられた一分袖の上着に幅の広いボトムスを合わせ腕を組んでアイリーを睨んでいるのは炎界のエレメンタリスト・シャオホンだった。



 エイミーは散歩中に犬か猫の死骸を見つけてしまった少女の生理的嫌悪感と忌避感を隠さず足元に唾棄できる場所を求めてアイリーから視線を外している。



「充電だよ充電。あたしらのシュガー・パンプキンはこうやって元気を充電すんのさ」



 アイリーの耳元近くに頬を寄せてクラリッサがそう答えた。そのクラリッサはアイリーの背後に立ち両脇から腕をのばして背中側から胸を両掌で抑えつける形でアイリーを抱きとめている。アンジェラとドロシアはそれぞれにアイリーの腕をとって肘と上腕を自らのふくよかな胸におしつけ双丘を歪ませながらアイリーに抱きついている。



 4人分の顔が互いの髪が触れ合うほどの近さに集まっている。3人が美女で中央がアイリーだ。リッカの笑い声がアイリーの耳に聞こえてくる。



 シャオホンが一度だけ小鼻をヒクつかせた。スン、という短い吸気の音が聞こえる。呆れきった表情はそのままでアイリーに話しかけた。



「昼間の街中だっていうのに生活騒音がほとんど聞こえない。エアコン室外機の稼働音くらいだ。樹脂が焦げた刺激臭と炎に当てられた鉄の冷却臭。血糊が乾く途中に出す腐敗した金属臭。クソ臭さは破れたハラワタから半液体のままでぶちまけられた人の糞の匂いだ。風もない広場にまで漂ってきている。 ……この近くだけで数百人単位の死体が転がってるな? アイリー?」



 シャオホンに指摘されてアイリーの嗅覚が本来の感覚を取り戻す。命のやりとりに意識をとられ嗅覚情報が麻痺していたのだ。見えずとも聞こえずとも匂いで分かる。アイリーは屍に埋め尽くされた街に一人残された生存者だった。



「こんな状況の中でヒューマノイドの乳に埋もれて充電とか頭おかしいわ」



「生身でもまな板と洗濯板のコンビじゃ電力不足ってコトなんだろ」



「充電とかに付き合う気は無い!! お前、喧嘩売ってるのか!?」



 クラリッサの軽口にシャオホンが応戦しかけた。



 アイリーの頭の中に浮かび上がったのはハッシュバベルの応接室でネイルソンと対峙した時の記憶だった。不意打ちのアクティビティ発動にアイリーの隣に座っていたドロシアと背後にいたアンジェラは対抗する術もなく筐体を圧壊させられた。



 互いに互いの身を守り合わなければ生き残る事は出来ない。エレメンタリスト同士の激突が予想される状況の中で自分に密着しておく様に指示を出したのはアイリー自身だった。



『だが、こうじゃなくてもよかった』



『いや、これはワザとでしょ』



 アイリーの愚痴に笑いを抑えずにリッカが応える。アイリーが必要以上の緊迫を感じ集中力を削がれてしまうことこそクラリッサ達侵蝕部隊が避けたいと考える状況だ。それも理解できる。でも、こうじゃなくてもよかったのに…… とアイリーはモヤっとした感覚が湧き上がるのを感じている。



「……随分と雰囲気が変わったな。アイリー」



 ぎゃあぎゃあ、としか表現できない口論を遮ってエイミーが言った。単位取得の為に逃げ場もなく仕方もなく解剖された蛙の腹の中を覗き込む高校生の様な目つきでアイリーを見ている。



「……嫌いなタイプである事に変わりはない」



「優先しなければならない話をしよう、エイミー。シャオホン。協力に感謝している。戦況とこの後の作戦を聞いてくれ」



「必要ない。ネイルソンというエレメンタリストと面識はないが映像をみた限り雑魚もいいところだ。下請けで充分対応できると思いシャオホンを連れてきた」



「ネイルソンと面識がない? 彼は前のアンチクライスト戦に参加したハリストスだ」



「だから何だというんだ? ないものはない」



「ヘイ、エイミー? 雑魚を下請けに任せる? あんたは何しに来たんだよ?」



 クラリッサがエイミーに問いかけた。同時にアイリーの思考内に直接話しかけてくる。



『エイミーは嘘や隠し事を徹底して嫌うタイプだ。隠したいならお前が知る必要はない、という。ないものはない、と言ったら本当にエイミーはネイルソンと面識がないと…… 本人は思っている。長い話が絡みそうだ。イノリに分析してもらおう。時間は限られているぜ、アイリー』



 クラリッサの助言は的確だった。異論もなくアイリーが頷く。



雑魚ネイルソンを捕縛する。連れ帰るのは私の役目だ。もう一つ…… 雑魚を打ち据えるのならカイマナイナが邪魔をいれてくるだろう。 めったにない…… 最高の好機だ。あのブタ女を存分に叩き潰す事ができる」



「待て。カイマナイナも参戦すると考えているのか?」



 アイリーの反問にエイミーが呆れかえった表情を見せる。嫌悪と忌避の表情を残したままだ。器用な表情筋持ってるよねえ。とリッカがアイリーの思いを代弁する。



「ここで捕縛されたらネイルソンはただ自分の国を破壊しただけの阿呆で終わる。カイマナイナがお前とお前に加勢する私達を排除しにかかるのは当然だ」



 日が陰った。



 そう感じたのは一瞬。周囲の日差しの強さに変化は起きていない。巨大な影が自分達を覆ったのだ。そう気付いたアイリーが顔をあげる。目の前に巨大な建築物が現れたのかと錯覚する。



 地を叩き建築物を揺らす叫び声が遥か頭上から響いてくる。



 怨霊と化したネイルソンがアイリー達の眼前に転移してきたのだ。

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