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エレメント・アクティビティ  作者: 志島井 水馬
第二章 エレメンタリスト
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03‐ 襲撃者との遭遇

 アンジェラが先行したドローンに細かい観察をさせなかったのは、数に限りがあるドローンに邸内の巡回監視を命じているからだ。



 死んで動かない対象をいつまでも観察させる余裕はない。



 また重量制限の多い消音ドローンでは搭載できる機能にも上限があった。



 アンジェラの瞳は表情さえ演出できる美しい虹彩を持つ外見を保ちながら実は複眼構成をとる事で視野の中心を視界全体に広げながら高深度深視力を実現している。



 人間の視界全体を画素数換算するとおよそ5億8000万画素程度になる。



 実際には人間が認識できるのは視界の中心のみであり視界の隅に入ってきた活字を視界の隅においたまま読む事などはできない。



 この実際に即した視覚情報を試算すると人間の見える世界は900万画素程度に換算されるという。



 アンジェラが持つ視界は前方向左右200度と人間並みだが検知される世界は凡そ18億画素。



 16原色と7種の偏光を捉えて映像として処理する能力を持ち、対象にX線や電磁波を照射する事で人間を骨格だけで認識する事もできる。



 彼女の情報収集力を通常の探査機と比較する事は出来ない。偵察ドローンに何時間接写させても得られぬ情報を彼女は一瞥しただけで取得できるのだ。



「残された骨に死因を連想させる傷はない。骨に影響を残さない銃殺や撲殺、扼殺は有り得ない。遺体は白骨化しているのに服にも床にも人体の腐敗による汚染がない」



 呟く声が隠す気もなく嬉しそうだ。



 死体に背を向けてアンジェラは隣の部屋を覗く。そこには別の白骨死体がある。他の部屋にも。バスルームにも。その全てが死の直前に扉の外を向いていた点が共通している。



 毒ガスの様に知らぬうちに汚染を受けて死んだのではない。死の直前に誰か、あるいは何かと対峙していたのだ。



 武装アンドロイドの残骸もあったがアンジェラは興味を示さなかった。機械の破壊痕はドローンの情報収集力だけで事が足りる。



 廊下の突き当りで1時間前まで現役だった警官2名の白骨体を観察した後、アンジェラは首を伸ばしながら天井を仰いだ。



 鼻の頭が赤くなり、目尻に涙がたまっている。



「ぐすっ……。 この表情とポーズはいいわ……。 喜びを噛みしめている実感を得られる」



 微笑みながら折り曲げた中指の背で目尻の涙をふいてアンジェラは笑顔を見せた。



「6人の成人男性を短時間で白骨化させる薬品は少ない。室内には薬品の化学反応に伴う刺激臭も残されていないし、そもそもそんな設備もない。突入した警官を殺し服を脱がせてから骨格標本化させてもう一度服を着せる必要性などどこにもない」



 自分の背後に人の気配が動いている事に気づいているのだろうか。

 アンジェラの独白は続く。



「この襲撃事件の犯人が俺って最強錯誤を起こした錯乱ゴリラだったら首ねじ切って今夜はヤケ酒だと思ったけれど…この人知を超えた殺害方法。ふふふふふ」



 慕情を募らせている相手との出会いのシーンを思い出す乙女の表情がアンジェラの顔に浮かび上がる。



 むしろ晴れやかな表情さえ浮かべながらアンジェラは体ごと後ろを振り返った。



 目の前にはいつの間に立っていたのか銃を構える男がいる。



 アンジェラは目を細めて唇を開き、待ちわびていた再会が叶ったかの様な笑顔を浮かべた。本来が熟れた赤の色を持つアンジェラの唇は丁寧にグロスを塗るだけで専門メーカーが開発する新色の追随さえ許さない艶やかさを相手に見せつける。



「初めまして。連邦捜査局の交渉人、アンジェラ・ハートです。貴方の名前を訊いてもいいかしら?」



 アンジェラの目の前に立っていたのは邸内で唯一の生存者、つまり襲撃者だった。



 分厚いコンバットスーツの上から防弾ベストを着用している。



 首から上は鮮やかな青いターバンが巻かれている。頭だけでなく目を除いた顔全体を覆っている為にその素顔は分からない。



“ターバンの中にX線阻害素材を組み入れておかないと意味ないけどね”

“背後組織を持たない一般人が選ぶ装備じゃない。この子もテロ集団の一員ね”



“着ている服は中国製ではなくイスラエル製……。 取り敢えずの量産品ではなくプロの業界で流通しているものを支給されているのなら、この子は組織の正規メンバーって事?”



“目は改造や交換されたウェットマシンではなく裸眼……。 あら、革命後に一般人の生活を送るつもりを残しているワケね? 実家は裕福みたいね。身売りのスラム出身ではない”



“武装はイスラエル製の自動拳銃。予備弾倉が4つ。長居するつもりだったのねえ”



 心の中で幾つもの言葉を呟きながらアンジェラは男に微笑みかけた。



 実際、男の顔は周囲を旋回する探査ドローンによってX線照射が行われアンジェラの眼によって頭蓋骨からの素顔の復元も完了し相貌検索を経て本人の特定も済んでいる。



 市警レベルでは所持する事も、そもそも想定する事も出来ないアンジェラの装備だった。それでも男に誰何したのは質問にどう答えるかで男の背景を推理出来るからだ。




 アンジェラ自身は自分を交渉人と嘘をついている。ターバンの男が疑わし気な目つきになる。



「武装の放棄と降伏の姿勢を強制する前に名を尋ねるのか?」

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