02‐ 潜入
ナックルの元に市警のサーバーを経由してアンジェラから現状報告が届く。
立ち話に時間を割いている間にアンジェラの指揮下にある光学迷彩ドローン4機が邸内に侵入。全域を既に把握していた。
確かに彼女自身は火力兵器を携行していない。
だがそれは非武装であるという意味では決してない。
彼女の周囲には最新の光学迷彩を搭載した偵察ドローンと強襲ドローンが常時滞空しており、足元には自走型迷彩クレイモア地雷が付き従う。
彼女自身は警察権力の及ぶ全ての範囲内の監視カメラを自分の目とする事が出来、装甲の代わりに最先端科学の粋を集めたステルス機能を実装している。
彼女、アンジェラ・ハート捜査官がかつて在籍していた対テロ専門強襲チームは指揮官名に由来してエドワードチームと名付けられていたが、テロリスト達には別の名で呼ばれていた。
―侵蝕部隊。
その実力を垣間見たナックルは黙ってアンジェラを見送り、まだ白目を剥いている相棒の介抱を始めた。
彼の視線解析結果は当然に市警本部にも提出されている。何年も笑い種にされるだろう。仕方のない結果とはいえ自分の相棒にナックルは不憫を感じた。
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開放されていた玄関ドアをくぐりアンジェラは立ち止まる事もなく屋内へと踏み込んだ。左手に大きなキッチン。正面廊下の左右に寝室やバスルームの扉が並ぶ。
銃撃戦を想定して壁に背を当て足音を殺しながら前進、などという行動は取らない。
転勤先の新居を内見するような喜びと好奇心を顔に浮かべながら警戒も躊躇もなく廊下を進んだ。左手のキッチンには見向きもしない。
既に突入し今は全滅している警官達が全てのドアを開放して回った結果、アンジェラの指揮下にある偵察ドローンが全ての室内の探索を終えている。
この日アンジェラが同行させたのは偵察ドローン4機、自走型クレイモア地雷6機、光学迷彩支援偵察機4機。
いずれも最新の消音対策と光学迷彩機能を装備し、一般人が対象であれば同じ室内で数時間活動しても気づかれる事がない実験結果を挙げている。
それぞれは先行して邸内を探査。情報は全てアンジェラと共有されている。
死者は6名。現在生きている者は一番奥の部屋で窓際に立ち外の包囲網を注視している。その様子さえドローンがライブ映像としてアンジェラに届けている。
生存者は分厚いコンバットスーツの上から防弾ベストを着用している。
首から上は鮮やかな青いターバンが巻かれている。頭だけでなく目を除いた顔全体を覆っている為にその素顔は分からない。
「…装備は自動拳銃」
小さくつぶやいてアンジェラは大きく息を吸い込んだ。緊張を緩和するためではない。屋内に滞留する空気の分析の為だ。
「室内に硝煙の残滓はない。毒ガス、爆発物に由来する揮発性のガスも検出されない。銃しか持っていない坊やはどうやってこの邸内で住民を殺し突入した警官チームを全滅させたの?」
警備会社の協力を得て邸内の防犯カメラ映像を取得しようと試みたがこの家と警備の契約を交わしている会社はなかった。
玄関口に設置されていた防犯カメラは外部と切断されている自宅サーバーで管理されているのだろう。
アンジェラの双眸が淡く光を放つ。
「壁から天井にかけて血液か組織液の飛散痕がある。ふき取った様子もないのに通常光では視認できない。化学変化を起こして色素が消失している…… 何故? 何のために?」
アンジェラの視界の中、天井と壁に付着し微かな発光を見せる飛散痕からレーザー光の様なものが延ばされた。
飛散痕が着けた形状から“どこからどんな角度で飛散したか”を計算し、そのルートをレーザーで可視可しているのだ。
血液の飛散ルートを辿る形でアンジェラは開け放たれたドアから右手にある寝室へと踏み込んだ。
床にはドアに脚を向けて仰向けに倒れている服を着たままの白骨死体。服に腐敗に伴った汚染の様子が見られない。
アンジェラの目が微かな音を立てた。視界の中で白骨死体の顔に灰色の肉が付き始める。表情のないデスマスク。
アンジェラに付き従うドローンがX線を照射し、アンジェラの目に内蔵されたX線カメラとミリ波探査カメラが白骨体を撮影。 生前の顔を3D映像で復元したのだ。
「…さっぱり分からないわ」
その言葉さえ嬉しそうにアンジェラが小さく呟く。
「服はミドルブランド。暴力礼賛系のデザインね。貴金属のアクセサリーは重量のあるハイブランド。そこそこの暮らしを維持しながら不相応な貴金属を身に着けている。不定期に臨時収入があって手下も少しいる程度のチンピラね。服のサイズから見て巨デブでもゴリラでもない」
呟きに応じて復元された顔に変化が現れる。痩せ気味の輪郭、粗暴な表情作りに特化した表情筋の発達、幾つかのパターンで髭が現れたり消えたりする。
「ビンゴ。東フィリピン海洋自治国の雇われテロリスト。ふふふ。危険だわ。通常は思想系テロリストに雇われている非合法活動のスペシャリストが殺された。どうやって?」
喜びの表情を隠そうともせずアンジェラが白骨死体を注視する。




