06‐ ミサキの復活
半人半蟲姿の金属兵器は電力を消失した戦車の様に沈黙したままとなっている。
「勝った……のか?」
アイリーの問いかけに答えたのはクラリッサだった。
「退けた、というのが正しいな。ラウラの個性自体は無傷のままだ。でもすぐに報復にはこないだろ。あたしの電子防御圏内に同じ遠隔筐体を何体送り込んでも結果は同じだからな。 ……おい、いつまであたしの胸を揉んでるつもりだよ? すけべぇ」
「すけべぇ」
アンジェラが笑いを含んだ声で復唱した。真顔だったアイリーが別種の感情を宿した真顔へと変わる。両手の動きを拘束しているのはクラリッサとアンジェラ自身だ。
「丁度いいからアイリーの乳揉み姿をイノリに送っておいてやろうぜ?」
「よせ……」
ラウラから離れたドロシアがアイリーへと歩み寄ってくる。その表情には羞恥が現れていた。目線は足元へと落とされてアイリーはその感情を読むことは出来ない。だが恥じらっているのだろう。
「結果は出せましたがお転婆なところをお見せしてしまいました。恥ずかしいです、アイリーさん」
「ドロシアの戦闘力は正直予想もしていなかった水準だった。俺の方こそ非礼を詫びたい」
『侵蝕部隊相手に何をいまさら……』
クラリッサが笑ってそう応えた。実際、その通りなのだろう。見くびっていたつもりはなかったが自分が彼女達の戦闘能力をまるで測れていない事にアイリーは改めて気付いた。
「ミサキを救出しなければ」
「ああ…… 多分、大丈夫だぜ。あたしに任せろ」
そう答えてクラリッサがようやくアイリーから離れた。危機も去ったと判断したのだろう。背後に控えさせている輸送車両から自分のブレードを持ち出してきた。裸身に着色を施しただけの様にも見えるラテックス素材のスーツ姿はそのままだ。
『アイリー、クラリッサのお尻見てるね? いい形してるよね。エロいよね?』
『見てない』
『モンロー・ウォークもサービスしとこうか?』
クラリッサがくびれた蜂腰を大きく左右に振ってみせた。ラテックス素材の光沢が日の光を受けて撫でまわされている様な反射をみせる。
『ひゃあああ』
リッカが喝采を送る。取り合わずにアイリーはクラリッサの行動を見守った。何をするつもりなのだろう。全身が金属に変換されてしまったままのミサキに歩み寄ったクラリッサは躊躇いも見せずにブレードを振り上げた。
超振動ブレードは柔らかなプリンでも切る様に金属の塊と化しているミサキの首を両断した。クラリッサが頭を持ち上げて切断面に顔を近づけた。
「……3D標本みてぇだ。体の組織がそのまま金属に変わってるぜ」
ミサキの頭を両手で抑えて勢いよく上下左右に振ってみる。何も起きない。興味をなくした様にミサキの頭部を投げ捨てる。
呆然とするアイリーを無視してクラリッサは首を切断された胴体部分へと近づいた。膝をついてミサキの両肩に手を添え唇を胴体の切断面に近づける。肺を持たない筐体だが息を…… 風を起こす事はできる様だ。小さくすぼめた唇から断面に晒されている気道へと思いきり息を吹き込んだ。
ぼー。という間の抜けた音がアイリーの耳にも届く。クラリッサは何をしているのか。
「水分は微塵も残ってねえ…… 完敗してんじゃねえか」
小さく毒づいて胴体さえ地面に投げおろして立ち上がった。ブレードを逆手に持ち直して倒れるミサキの心臓部を無造作に突き刺した。
アイリーの知らぬところで言葉のやりとりがあったのだろう。ドロシアが手に持っていた散弾銃に新たなスラッグ弾を詰め直してミサキの切り取られた首の断面を狙い撃った。頭部が内側から爆発的な膨張を見せる。金属の表面が蠕動を見せた後に沈黙する。衝突エネルギーを吸収する能力は健在なのだろう。だが形はもはや人の頭部には見えない。無意味な金属の塊だ。
クラリッサがアイリーを振り向いた。既にミサキの胸部から剣を引き抜いている。意図して悪手を選んだ様な少し意地の悪い笑顔を浮かべていた。
「あたしの経験上だけどさ。エレメンタリストってのは脳か心臓が残っているとソコから復活することに変にこだわりを見せる奴が多いんだよ。諦めが悪いっつーかさ」
「……誰だって自分の死体を目の前にしたら気が滅入るだろう。心が折れそうになるだろう?」
不意に自分の背後からミサキの肉声が聞こえてきてアイリーは思わず短い叫び声をあげた。振り返ると既に野戦服姿で完全に復活しているミサキが不機嫌そうな顔でクラリッサを睨んでいる。
「自分の死体を見物しながら心折れそうとかぬかす人間には会った事ねえよ。バカじゃねえの?」
お帰りも言わず、ねぎらいの言葉もかけずにクラリッサが悪罵で応じた。ミサキの復活は当然の事と想定していたのだろう。ミサキの表情は苦かった。
「普段、俺が率いている部隊は人間の兵ばかりだ。死体になったら二度と帰ってこない。俺だけが往生際の悪いザマを晒している。仲間に申し訳がたたない気持ちになるんだ。嫌なんだよ」
「知るかよ。嫌なら死ね」
「ミサキ。体は大丈夫か?」
我ながら間の抜けた質問だと思いながらアイリーがそう尋ねた。クラリッサの辛辣な言葉は無視する。改めてアイリーへと視線を向けたミサキが笑顔をみせた。
「手間をかけさせたな、大将。ラウラを相手に見事な勝ちっぷりだった」
「勝利したのはドロシアだ」
ミサキがドロシアへと目を向ける。ドロシアは肩をすくめながら首をかしげた仕草のまま目線を足元に落としている。どうしてそこまで恥じらうのだろう。アイリーはそれが不思議だった。
「ドロシアが本性出した現場か……。 最悪の展開はこれからって事だな」
ミサキが呟くのと動きを止めたラウラの筐体に寄り添う様に黒い影が立ち上ってくるのはほぼ同時だった。




