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エレメント・アクティビティ  作者: 志島井 水馬
第二部: 第九章 ドロシアとラウラ
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01‐ 暗殺者の資質

 アイリーに背を向けた姿勢のままドロシアが振り返った。その隙を見逃すラウラではない。少女の背の上部、肩峰と呼ばれる部分から生え出ている4本の触手がドロシアに襲い掛かった。



 ドロシアはアイリーを見つめている。瞳の内側が微かに発光した様に見える。口元に微笑が浮かんだ。普段は自己主張の少ない、弱気にも受け取れる表情ばかりしているドロシアが初めて見せる好戦的な微笑だった。



「私も、私の手でアイリーさんを護りきってみたいんです」



 アイリーにとっては脈絡が読めない発言だった。なぜ、ドロシアはわざわざそんな言葉を口にしたのか。4本の金属製の触手がよそ見を続けるドロシアに殺到する。



『連邦捜査官の得意分野が暗殺とかって、アリなの?』



 好奇心を抑えきれなかったのだろう。リッカがそう尋ねた。自然言語による発声を伴わない高速通信での問いかけだった。ドロシアがアイリーの方を振り返る一瞬前の出来事だ。



『別に暗殺稼業で生活費を稼いでいる訳じゃないもの。容疑者の思考を読み解くために同等のスキルを身につけておくのはアリというより必然よ、リッカちゃん』



 ドロシアに代わってアンジェラが答えた。アイリーには認識さえ出来ないコンマ数秒の間に交わされている会話だ。ドロシアまで世間話に参加しはじめる。



『大仰な話じゃないんです。リッカさん。私達が考える暗殺者アサシンの特殊スキルというのは独創的な殺害方法をたくさん持っているというものではありません。潜入すること。接近すること。そして到達すること。この3つの目的を達成するための抽斗を多く持っているだけです』



『え? ごめん。地味だなあって思ったよ?』



 リッカの正直な感想にドロシアが笑い声で応えた。アンジェラが話を引き継ぐ。



『実例で説明するわ。リッカちゃんが私達のチームと初めて出会った時を思い出して』



 エドワードがアイリーに対して視覚による脅迫を試みた時の事だ。アイリーの視覚野に侵入しようとしたエドワードはリッカの反撃に遭い、痛みの疑似体験プログラムを組み込まれて自我が崩壊する寸前まで追い込まれた。



『あの時にリッカちゃんが私達4人の中で最初に警戒を薄れさせたのは誰?』



『……ドロシア』



『そうね。そしてドロシアはエドワードに組み込まれた痛みのプログラムを解除するために自分に痛みを移植したわよね。リッカちゃんはドロシアが激痛に自我崩壊を起こすのを見かねて、さらにリッカちゃん自身に痛みを移植しなおした』



『うん。痛みを感じている本人でないと解除できない作りになっているから……』



『私達は目的達成のためなら嘘も吐くわ。でも解除方法も分からないプログラムを“解析した”と宣言するのは矛盾してると思わなかった?』



 リッカは答えない。矛盾していると考えた事すらなかったからだ。



『リッカちゃんがドロシアから回収した痛みのプログラムにリッカちゃんの思想ロジックに介入する様な…… あるいは記憶を破壊する様な…… 連結された回線全てを逆走してストレージ内部からリッカちゃんを解体する様なプログラムが仕込み直されていたら…… というリスクを考えなかった?』



 共感覚制御を介して痛みを体験するプログラムに攻撃防御システムは反応しない。無防備状態となる。ドロシアはそれを最初から知っていた。痛みを解除するコマンドの解析も既に終えていたからだ。



 指摘されてリッカは初めてその事に気付いた。アンジェラが笑い声をあげる。



『脇が甘いわね、リッカちゃん。でもあなたは一般人に寄り添うナビゲーターだから脇の甘さを恥じる必要はないわ。私達は連邦捜査局最強の“侵蝕部隊”よ』



 3人の同僚と対照的な態度をとる事でリッカの警戒心の内側に“潜入”し、リッカ本来の性格を見極めた上で究極的な自己犠牲を演出してリッカの本心に“接近”し、改ざんも可能だったプログラムをリッカの元へと“到達”させる。



 初遭遇の時すでに暗殺者アサシンのドロシアはリッカの心臓に防御不能の刃を押し当てていたのだ。



『ううう…… クラリッサとの格闘は掌の上で遊ばれただけだった。それは納得できたけどドロシアにも騙されていた…… ううう!! うああああっっ!!!』



『勝ち負けで言えば捜査官の私達全員の疑いを晴らして支援まで決めさせたリッカさんとアイリーさんの勝ちですよ!? そんなにショックを受けないでください!!』



『勝ち負けでいえば!? 負けっぱじゃん!! いっぺん死んでるじゃん!!』



『あら? 私達からベイビーへの全面的支援を引き出したのはあなたの功績よ? リッカちゃん? 私達はアンチクライストの事件に関係なくエレメンタリスト戦対策のハウツーを求めていた。これはもう何十年越しの悲願だったのよ? 貴方達を護ることで得られる経験はこの先何百年も合衆国の秩序維持を支え続ける礎になるわ。 貴方達は私達に悲願達成のチャンスを与えてくれたのよ?』



『そ?』



 リッカの機嫌が直る。予想もしていなかった言質がとれたからだ。侵蝕部隊がアイリーを支援するのは連邦捜査局からの下命があったから、だけではない。彼女達自身がエレメンタリスト戦の経験を重ねる事を重視しているからだ。



 そうであるなら…… やがて迎えるであろうアンチクライストの最終決戦の時まで侵蝕部隊は自分達の意志でアイリーを護り続けるだろう。その目的がアイリーの目指す虐殺阻止とは異なっている事は問題ではない。最後までアイリーと共に在り続けるという事こそがリッカには重要だった。



『ぶっちゃけ、虐殺阻止はアイリーが望んでいる事でわたしはアイリーが生きていればそれでいいんだよね。だからアンジェラ達がアイリーを護ってくれるなら経緯は興味ないし』



 リッカの正直な言葉を聞いてドロシアが笑い声をあげた。



『私達も他国で起きる虐殺に大きな関心はありません。私達が求めているのは合衆国の秩序の維持。そのためのエレメンタリストとの対戦経験です』



 ドロシアはここで言葉を声に出した。



「私も、私の手でアイリーさんを護りきってみたいんです」

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