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エレメント・アクティビティ  作者: 志島井 水馬
第二部: 第八章 オリビア・ライアス
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10- 半人半蟲の殺戮者

 二つの繭を圧し繋げた様な胴体から放射状に10本の脚が生えている。一本一本が胴体と同じくらいの長さを持ち蛇の様に太く力の篭るラインを持ち合わせている。



 見知った姿そのままならば頭部となる場所には背と腹を蜘蛛の体に埋め込まれた少女の上半身。半人半蟲の異様な姿だ。その全身が光を透かす磨りガラスの様な色をした銀色の素材で覆われている。爆発で欠損した顔の一部と両腕も今は金属で覆われた形で再生している。



 驚きと恐怖を舌先を噛みしめる痛みで封じながらアイリーは変身したラウラの姿を凝視し続けた。自分の目を使って情報を集めるリッカの為だ。



『リッカ…… ラウラは新しい筐体を持ち込んだのか?』



『生体工学で兵器をデザインしても10本足を採用するメリットはないよ、アイリー。これはアンドロイドじゃない。ネイルソンがアクティビティで作り出した金属で出来た蜘蛛…… だと思う』



『ラウラが最初に現れたときは背中から触手が生えているだけだった。今の姿は数倍の大きさに増えている。体が破壊される爆発の中で質量を増やす事が可能なのか?』



『可能かどうかじゃなくて、やってのけたんだからインチキな話だよねえ。エレメント・アクティビティってホント、なんでもアリだよね』



 抗争ではなく狩り…… 捕食行動に出る時の肉食動物は咆哮や動作を伴った威嚇行為を取らない。獲物を確実に仕留められる間合いを得るまで音を殺し気配を消し影が伸びる様に距離を縮めてくる。ラウラの動きはまさに獲物に肉薄する捕食者のそれだった。



 巨大な蜘蛛の体の側面で鉄床をハンマーで強打した様な音が起こった。銀色の飛沫があがったのも一瞬、音がした箇所に溶けた金属が再び固まった姿の瘤が出来る。



『今、ブリトニーが横方向からラウラを狙撃した。75口径対物ライフルだ。着弾したから空間転移の防御壁は解除されている様だがダメージも受けてねえ。厄介さんだぜ、アイリー』



 クラリッサがそう伝えてきた。厄介さん、という表現がどれ程の危険度を指すものかが分からない。



『私の炸裂蜂をこの距離で大量突入させたらベイビーに熱被害が出るわ』



『あたしが相手するのが一番なんだが今、アイリーが指示した作戦の仕込み中だ。コイツとやりあいながら仕込みも並行っていうのは難しい』



『もう筐体の準備がない、という事か?』



 アイリーの問いをクラリッサが否定する。



『筐体の問題じゃない。本局からあたしに割り振られている演算能力の限界を越えちまうんだよ。それ位厄介な相手だ』



 蜘蛛の姿をしたラウラが数歩分、前進した。周囲を警戒する様子もみせない。今は銀色の被膜に覆われて鼻も口も消失しているラウラの頭部には光を漏出させている双眸だけが残っている。無いはずの口のあたりからアイリーに声が掛けられた。どこかに音声出力装置があるのだろう。



「お前を前線に足止めする事が目的だったが…… 予定を少々変更しよう。殺すなという命令は守るが生体での回復は諦めてもらう。脳以外全て機械の体で復帰せざるを得ない程度に痛めつけてやる。時間をかけて。回避の方法はない。そこで運命を受け入れろ、無力なハリストス」



 呪詛や憎悪の言葉を口にしないところにラウラの激怒が現れていた。絶対に逃がす事なく自分と同じ目に遭わせる。そう宣言してきたのだ。



 アンジェラの爆撃。クラリッサの近接戦。ブリトニーの狙撃。全てが封じられた距離と実力差だった。リッカが反撃の余地にとどめを刺す。



『ニナの空間置き換え攻撃と腐敗のアクティビティ、どっちも試したけど無効化された。うっわ、逃げちゃう?』



『俺が退く事でこの街の市民が攻撃対象になる可能性がある。見殺しには出来ない。クラリッサ…… 準備が整うまでどれ位の時間が必要だ?』



『秒までは読めない。2分てところかな』



『ラウラは時間をかけて俺を痛めつけると言っていた。時間は俺達の味方だ。……仕方ない。覚悟だけは固めるか。最終的な勝利は俺達のものだ』



 アンジェラとクラリッサは即答してこなかった。ああ、ほんとに覚悟しなきゃなのか。と思う。恐慌状態に陥る事はなかった。アイリーには数か月前に装甲強化された虎、ウォービーストに襲われた経験もある。



『痛いのも死ぬのも慣れているが後遺症は未体験だなあ』



 すん、と鼻水をすすり上げる。涙は出てこなかった。感情を完全に封殺した状態だから出来る決断だった。



 ラウラは黙ったままアイリーを注視している。アイリーの反応を探ろうとしているのだろう。



 両腕をアンジェラとクラリッサに絡めとられ、屋外に置かれたソファに腰かけた姿勢のままでいるアイリーの前に立ちふさがるように歩み出たのはドロシアだった。



 亜麻色の髪を胸まで垂らし、ニットのサマーセーターに足首まで届く幅広のパンツスカート。細いシルエットの編み上げブーツというコーディネートは普段のままだ。普段と違うのは薄手のコートを羽織っている位で武装らしいものは見当たらない。



「私達部隊をもっと信頼してください、アイリーさん。私が出ます」



「ドロシアが?」



 思わずアイリーが問い返してしまう。人体発火のエレメンタリスト・アレハンドロに対する拷問を例外としてドロシアが最前線に自分から乗り込むことなど一度もなかったからだ。



 ドロシアが吐息まじりの笑いをこぼした。



「非力な私ですが相手が弱点だらけの不出来なオモチャなら対処は可能です」



「弱点?」



 どこにも見当たらない。神の杖の直撃に耐え対物ライフルでは無傷。戦闘に特化したエレメンタリスト・ミサキを斃した能力は不明のままだ。



『安心しろよ、アイリー。ドロシアの得意分野は出し処が限定されるから今まで出番がなかっただけだ。本気だされたらあたしとアンジェラ、ブリトニーの3人がかりでも制圧は厄介さんだ』



 クラリッサがそう伝えてきた。爆撃のアンジェラ。近接戦のクラリッサ。狙撃のブリトニー。3人に比肩する能力とは何なのか。問いかける前にアンジェラが答えてきた。



『ドロシアは超一流の暗殺者アサシンよ、ベイビー』

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