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エレメント・アクティビティ  作者: 志島井 水馬
第二部: 第八章 オリビア・ライアス
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05‐ 託された凶器

 これがアイリーとリッカのコンビに対する脅迫だったならば完全な失敗に終わっていたはずだ。意識が千切れる程の激痛の中で死んでいくという体験を繰り返しているアイリーならば黒一色のエレメンタリストが自分の体の中に“物理的には進入してきていない”と即座に判断できた。



 アイリーの思考と感情を数式化して把握できるリッカならばアイリーの認知能力に強制された影響はないとその場で断言したはずだ。



 オリビアのナビゲーターAI・“指輪”が持つ検索機能でもこの脅迫は薬理作用の様な強制力を持つものか、暗示を伴う催眠話法に近いものかの判断はついたはずだ。



 だがオリビアには経験が足りなかった。自分を襲ったエレメンタリスト…… カイマナイナの能力を疑いの眼をもって分析しようという発想が出せなかった。



 体の中に入り込まれた…… 憑依された。そう信じてしまった。



「聞きなさい、ペク族の生き残り。無能なアイリー・ザ・ハリストスは村の虐殺を止められなかった。だが生き残りがいたから完全な敗北とはならなかった。その言い訳としてお前は利用されつづける。虐殺がどれほど一方的であったか。全滅というものがどれほどの悲劇なのか…… 今後はそれを世界に語ることがお前の役割となっていく。仲間の死を語ることが、お前の飯の種になる。お前の人生は一族の死を切り売りして生きる喜劇となっていく」



 殺戮者がそれを言うのか。怒りに言葉を詰まらせてしまったオリビアはカイマナイナを睨みつけた。だがカイマナイナは意に介した様子も見せなかった。



「全ての原因はアイリーだ。彼が軽率にも現代のハリストスを名乗ったりしなければお前の村が標的になる事はなかった。別の人間がハリストスであったなら違う展開があった。アイリーがハリストスを名乗った事が全ての原因だよ。お前が報復するべき相手はアイリーだ」



 自由を奪われたままのオリビアの左手に押し付けられたものがあった。両刃の短刀、ダガーナイフだ。両刃というのは生き物に突き刺す以外に用途がない。殺害の為だけに作り出された刀だ。どんな材質で出来ているのか、オリビアの知識の中にはない金属で出来ていた。



「アイリーが持つ物理攻撃無効化の防御を突き抜ける特別製のダガーだ。これでアイリーの急所を一刺しする。お前が決断する必要はない。全てを伝えた今、私の憑依は完全なものになった。あは、あははははは」



 黒い影が笑いながらオリビアの体に覆いかぶさり、体内に染み込んでいく様に輪郭を失って消えていった。



 オリビアの視界が一瞬だけ闇に閉ざされる。すぐに切り替わった視界が捉えたのは柔らかなベッドの中だった。両手と両足で勢いよくコンフォーターを撥ね退けてベッドの上に半身を起こす。



 オリビアは自分が客室に戻っている事を知った。夢だったのか。体を支える左手の下に異物があたる事に気付いて手をどけてみる。両刃のダガーがベッドの中に埋まっていた。



『“指輪”…… これは現実?』



『夢を見ていた訳ではありません。一時的にですが村に帰還した事はGPSで確認できました』



 自分の体に異変がないかを確かめようとしたオリビアは体の中に大量の液体を流し込まれた様な異質な重みを感じ取った。体が重い。疲労によるものではない。異物として認識できないが、何かが体の中に居座っている様な自分の体重以上の重みを感じる。



『憑依されたのも事実だと思う?』



『エレメンタリストの能力は私達にとって未知のものです。否定する根拠を見つけられません』



 “指輪”の返答に応えずにオリビアは目を閉じた。自分は再び死の運命に絡めとられた。それだけは理解できた。頭の中が冴え渡るのは諦めではない。逃れられない死を突き付けられたのは初めてではない。



 家畜を守るために出た狩りで反撃できない状況の中猛獣に囲まれた事もあった。無力な村人達の不安を一身に受け止めながら略奪者の襲撃に備えた事も幾度も経験した。クラリッサ達が評価した“生き残る才能”は確かにオリビアの中にもあったのだ。



『……アイリーが戻ってくる前にクラリッサ達に救助を求める方法はある?』



『今の状況を誰かに説明したら死ぬ、と予告を受けています』



『……そうね。そのつもりはないけれどアイリーに攻撃を試みたら私はどうなると思う?』



『護衛チームの反撃が予想されます。アイリーへの攻撃の成果を問わず、その場で殺されるでしょう』



『ふふふ……』



 出口なしね。と思ったが言葉には出さなかった。クラリッサが指摘した通り、オリビアのナビゲーターは未熟だった。仮にアイリーが同じ状況に陥った時、リッカならどうするか。



 迷う事もなくアイリーが見聞きした情報全てをアイリーに無断で暗号化しクラリッサ達に送信して判断と対応を委ねただろう。カイマナイナは標的とした人間の言動は把握できるが思考までは探知できない。カイマナイナの能力を知らずとも本人とは別の思考ができるナビゲーターは“憑依”の影響を受けないのではないか。その仮説を“指輪”は立てる事ができなかった。



 オリビアもまた自分のナビゲーターの未熟さは気付けない。他人のナビゲーターと成熟度を比較することなど誰もしないからだ。



 だが出口が見えないのなら見つけ出す必要がある。オリビアの思考はシンプルだった。



 たとえ憑依されたとしても恩人に仇する事は出来ない。アイリーへの個人的な感情以上に、その思いは絶対的なものだった。



 黒一色のエレメンタリストは何故、自分を刺客に仕立てようとしたのか。おそらく、アイリーへの直接攻撃は何らかの理由で成功が見込めないからだろう。診療所を襲ってきた時に自分の事を見逃したのは最初から刺客として利用する目論みを立てていたからだろう。



 アイリーが現代のハリストスを名乗らなければペク族は標的とならなかった。黒一色のエレメンタリストはそう言った。理由は分からないが自分達一族はアイリーに対して何らかの切り札となる存在だったのだろう。



『オリビア。これは仮説に過ぎませんが……』



 “指輪”がオリビアにそう話しかけてきた。



『凶器を指定してきた不自然が気にかかります。毒殺でも爆破でも銃撃でもなく何故ダガーなのか』



『アイリーの物理攻撃無効化を破る能力があると言っていたわ』



『エレメンタリストの能力は人と接触する事で発動する事が多いのではないでしょうか?』



 アイリーに触れている者には攻撃無効化の効力が共有される。黒一色のエレメンタリストは虐殺に際して全ての村人に直接触れていた。オリビアへの憑依もオリビアに直接触れる事を発動条件にしていた可能性がある。“指輪”が知り得た知見の中で立てた仮説だった。



『ならば、このダガーはペク族の誰かが持つ事で初めて能力が発揮されるものなのではないでしょうか? だとしたらアイリーを私達の村まで呼び出そうとした事にも説明がつくと考えます』



“指輪”の仮説は科学的根拠に欠けるものだった。だがエレメンタリストの能力にそもそも科学の常識は通用しない。



『あり得る話ね。ねえ、“指輪”? 私にとってあなたは充分すぎる程に優秀なナビゲーターだわ』



『ありがとうございます。何か結論に辿りつきましたか?』



 オリビアは微笑みを浮かべた。



『私がこのダガーを持つ事で初めて成立する効果がある。黒いエレメンタリストはそれを期待している。ペク族はもう私以外にいない。 ……あの化け物に、こんなはずではなかったと言わせてみせるわ。 ……ペク族族長の覚悟を見誤った代償を払わせてやる』

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