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エレメント・アクティビティ  作者: 志島井 水馬
第二部: 第七章 首都侵攻
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08‐ イノリの逡巡

 アイリー達の目の前にラウラが現れた時より、2日ほど時間は遡る。アイリーはまだ東フィリピン海洋自治国の王邸に籠りネイルソンとの会談準備を進めていた時の話だ。



 国賓用客室に備え付けられているリクライニングチェアに身体を預けた姿勢でオリビアは眠っている。まだ午後の早い時間なのでベッドに入るつもりはなかったのだろう。客室内のオリビアはゆったりとしたルームワンピースを着て素足のままで過ごしている。



 静かな寝息を立てているオリビアを室内で待機しているヒューマノイドのメイドが見つめている。その視覚映像は別室でオリビアを見守っているアンジェラに送り続けられている。



「……オリビアさんは眠っているの?」



 アンジェラがオリビアを見守る任にある事を知っているイノリがそう声をかけてきた。プライバシー保護の点からイノリ自身がオリビアの寝姿を映像で確認はしていない。アンジェラがイノリの傍にいるのは護衛のためであってオリビアの様子を逐一報告するためではない。



 それでもアンジェラはイノリの質問に笑顔を見せながら答えた。



「眠っているわ。オリビアもまた規格外の逸材ね。8時間ごとのスパセラピーを受け入れて心身の回復を図りながら断続的に睡眠をとっているわ。一回の睡眠はおよそ90分。でもうなされたり悲鳴をあげたりしながら目覚めた事は一度もない。驚異的な精神力よ」



「睡眠による記憶の整理をトラウマなく進めているという事?」



「村の中だけで完結する生活を送っていたのに村人が全員殺された現場に居合わせた。友人知人は全員が死に絶えた。言葉も文化もこれまでの記憶も誰とも共有できない世界に一人取り残された。普通なら自分の生死にさえ興味を失い廃人同様の反応しか示せないわ。でも彼女は生きる意志を明確にしている」



 アンジェラの賛辞にイノリは屈折した表情を見せた。何を心配しての表情なのだろうか。



「……彼女はこれからどうなるのかしら?」



 イノリの問いにアンジェラは穏やかに答える。



「私の個人的な意見だけれど…… 彼女はハリストスの重要なメンバーになる資質があるわ。彼女がそれを望めばいいとも思っている」



 イノリが小さくため息をついた。アンジェラが意図するところはイノリにも容易に想像がついたからだ。



「エレメンタリストによる大虐殺からアイリーが…… ハリストスが救出し得た生き残り。奇跡の目撃者として偶像化させるのね?」



「そう。ハリストスが人類を虐殺から護る組織だと世界に証言して納得させる事ができる唯一の存在よ」



「……それにオリビアはとても美しいわ。彼女の声を聴くものが眼も彼女に吸いつけられる程に」



 言葉はオリビアの資質を肯定するものだったがイノリの声は暗かった。アンジェラが含んだ笑い声を漏らす。



「ふふふ。一般的な水準で言えば私の方が美しいわ。でもイノリが私の美しさに興味を持ったのは初めて出会った4年前の、ほんの僅かな期間だけだったわね」



 イノリの顔が赤くなった。自分が持つ鬱屈をアンジェラに見透かされたと気付いたからだ。アンジェラの声が優しいものに変わった。



「ライアンの美的嗜好はブロンドとブルーアイズ。アイリーは健康的なダークスキンと黒髪が好みなのよね。ふふふ。可笑しいわ、イノリ。天才調査官と、天才を凌駕した調査官の二人を夢中にさせている貴女が外見にこだわるなんて」



 イノリは答えない。肯定しても否定してもこの状況で役務を担う者としては恥ずべき答えにしかならないからだ。居心地悪そうな顔をうつむく事でアンジェラから隠そうとする。



「愛らしいわ、イノリ。内緒で教えてあげる。エドワードが貴女を4年ぶりに訪ねたときにアイリーはエドワードとハッシュバベルの廊下ですれ違っているの。その時アイリーもエドワードの美しさに動揺していたわ。貴女が彼と二人きりで会う事に強い不安を覚えていたのよ」



「バカじゃないの?」




 思わずそう口に出してから気付く。自分もそのバカのひとりだ。だが……



「でも…… オリビアさんはアイリーにどんな感情を抱いているのかしら?」



「救世主であり、絶対的守護者であり、魅力的なナイトだと思っているわ。そして自分が救われた理由を自分の性別に求めている。でも彼女を責めないでね、イノリ」



 イノリが小さくため息をついた。分かっている。文字通り全てを失い、たった1日を無事に過ごすだけの現金も持ち合わせず、自分の判断だけでは未来を想像する事も出来ない状況で彼女が自分の安全のために用意できる代価は自分の身体だけだ。



 これほど大きな不安を紛らわすための想像を非難することはできない。他に代替が出せない想像を本心と決めつけることも出来ない。



 イノリの逡巡を見てアンジェラがもう一度含み笑いをこぼした。



「アイリーは男女の機微に疎いわ。悪意もなくオリビアを拒み傷つけるでしょう。だから今すぐに会わせられないのよ。少なくともオリビアがここを安全圏だと納得してくれるまでは。イノリ、オリビアへのケアには貴女の助力も必要よ。お願いします」



「……分かりました。アンジェラ、貴女がタイミングを見計らって私に声をかけて。いつでもオリビアさんに会うつもりでいます」

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