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エレメント・アクティビティ  作者: 志島井 水馬
第二部: 第七章 首都侵攻
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07‐ 亡命

『最貧国であったとしても首都侵攻があったとなれば世界がトップニュースとして扱います。雷撃による東ブリア解放も関連ニュースとしてマスメディアが特集を組むでしょう。ネイルソン大統領は自分の力で首都侵攻を退けなければ国民の支持を得られない状況です』



『東ブリアで昏倒している市民への軍事的危険は排除されたわ。私達は西方マディナ守護者連邦首都へ向かいましょう。ネイルソンの次の一手が予測できない。守護者連邦の首都は未だ標的になったままと考えるべきよ』



 ドロシアとアンジェラがそれぞれにアイリーへと通信を入れてきた。



『待て。昏倒させている市民をどうする?』



 アイリーの質問に即答したのはアンジェラだった。



『私達が東ブリアを離れたところでミサキの能力を解除させましょう。被災者救護は私達の最優先作戦ではないはずよ、アイリー。ネイルソンが守護者連邦奪取を断念したという確証が得られるまでは対ネイルソン戦を最優先に考えないといけないわ』



『守護者連邦政府からの公式発表がない以上、ネイルソンよりも早く守護者連邦に入って停戦を引き出さなければ戦争は終わりません』



 ドロシアもアンジェラの意見に賛同してくる。アイリーは思考を高速回転させる。ネイルソンは首都侵攻してきたアンファンテリブルを自分の手で壊滅させなければ身動きが取れないはずだ。交戦時間は長く取らないだろう。だが少しでも時間を稼げたのならば先手を取る行動に出なければいけない。



「気持ちに余裕をもってね。ベイビー。戦況はネイルソンが書いた筋書から大きく外れてきている。この後、どんな巻き返しをはかってきたとしても守護者連邦そのものを奪取するほどの報復が容認される状況を作るのは難しいわ。エレメンタリストによる民族大虐殺を回避させるまであと少しよ」



 アンジェラがアイリーの耳元に唇を寄せてそう囁いた。肺呼吸を伴わないので吐息が耳にかかる事はないがアンジェラの声がアイリーの耳朶に微かな振動を伝える。



 最大の危機を乗り越えた実感はない。だがアンジェラの言葉には大きな説得力があった。アンジェラの言葉を励ましと捉えたアイリーがゆっくりと呼吸を整える。



『……ミサキさん。守護者連邦への移動を開始したい。俺達に合流して輸送ヘリをここに転移させてくれ』



 アイリーがそう呼びかけた。ミサキからの返答はなかった。微かな不安がアイリーの中に生まれる。



『……アイリー。とても重大な報せがある。今のわたし達の状況に大きく関係してくるはず。冷静に聞いて』



 アイリーの膝の上に座っていたリッカが立ち上がり、身体の正面をアイリーへと向き直らせてそう告げてきた。その顔に笑顔がない。一体、何が起きたのか。



『アイリーさん!! 緊急事態です!! ネイルソン大統領が公式会見を発信しました!! 在ウバンギ合衆国大使館からです!! ネイルソン大統領が合衆国を経由して東フィリピン海洋自治国への亡命を希望すると発信しています!!』



『……リッカの話はこれか?』



『違う…… でもネイルソンの会見が先。アイリー、録画を見ている暇はないから記憶に直接組み込むよ』



 リッカの顔が緊張で強張ったのとクラリッサ、アンジェラの顔から表情が消えたのが同時だったことにアイリーは強い不安を覚えた。自分以外の全員が何らかの情報を共有したのだ。ネイルソンはどんな反撃を試みてきたのか。



 アイリーの脳裏に鮮明な記憶が蘇る感覚が起こった。リッカがネイルソンの公式会見映像を編集しアイリーの記憶に直接組み込んできたのだ。



 ネイルソンは巨大な世界地図が掛けられている室内にいた。巨大な宣誓台の後ろ側に立ち、その背後には合衆国の国旗とウバンギ共和国の国旗が掲げられている。合衆国大使館の公式会見ルームからの発信だった。



「友好的であった隣国の突然の怒りに触れ、私は大きく困惑しています」



 ネイルソンの声は沈痛だったがそこには焦燥しきった疲れや予定を乱された者の怒りは微塵も感じられなかった。



「国民が被った悲劇と損害に深い悲しみを覚え、東フィリピン海洋自治国の盟友・アイリー・スウィートオウス国王の篤い志しに深く感謝をしています。 ……だが私はエレメンタリストの力を武力に用いる事は出来ない。人類同胞に対して向けるには余りにも強大無慈悲に過ぎる力だからです。この力を武力として用いたならば人類史に対するエレメンタリスト全体の消せない汚点となる事は間違いありません」



 ネイルソンの表情には逡巡と苦悩が現れている。滔々としたとも取れる独白は続く。



「為政者としての大義とエレメンタリストとして人類全体に負うべき責任を考え、周辺地域から疑いの眼を向けられた自分の未熟さに思いを巡らせ、私はハッシュバベルに暫定政権の設置を求め、私自身は盟友が治める東フィリピン海洋自治国への亡命を希望します。抵抗はしません。西方マディナ守護者連邦には抵抗を放棄した国民に厚情を賜れる様、お願いいたします」



 そう言ってネイルソンは宣誓台を回り込み、カメラの正面に全身を晒しだした。直立不動の姿勢を取り、ゆっくりと、深く、頭を下げる。国家元首が取れる最大限の懇願の姿勢だった。



 ドアが破砕される音と機関銃の銃声が聞こえてきたのは同時。カメラの前でネイルソンは何者かの襲撃に会い全身に被弾してその場に倒れ伏した。



 画面の両脇から覆面姿の兵士が現れ、床に倒れるネイルソン大統領の四肢を脚で踏みつけてその心臓部と頭部へとさらに銃弾を浴びせる。画面が大きく揺れてカメラが倒された。そのまま画面はブラックアウトする。



 アイリーの記憶に組み込まれた映像はここで終わっていた。クラリッサと目が合う。睨みつけるような眼差しをアイリーへと送っていたからだ。



「アイリー。あたしら4人の中ではあたしが一番あんたと親しい。あたしはそう思っている。だからあたしから言う。 ……合衆国から要請があった。首都へ向かい、大使館職員を保護する事。これはアイリー・ザ・ハリストスの最大のスポンサーとしての要請だ」



 アイリーの返事は是非を答えるものではなかった。



「俺は貴女を信頼している。悪い報せはまだあるんだな。言ってくれ」



「……合衆国の要請を最優先しなかった場合、あたし達侵蝕部隊の情報連結を打ち切るそうだ。つまり意志のない筐体だけをここに残してあたし達を強制的に撤退させるという事だ」



「クラリッサ。まだ貴女が俺を睨みながら告白する様な話じゃない。リッカも俺への情報提供を躊躇っている。何が起こった」



 クラリッサが微かに顔を上にあげて口角をあげた。好戦的な微笑だ。アイリーは自分の身体の各関節を拘束する力が強まったのを感じた。暴れださないための措置だとすぐに気付く。クラリッサが一呼吸を置いてアイリーに告げた。



「オリビアが自殺した。死亡は確認されている。カイマナイナが海洋自治国の王邸に現れた。大きな破壊活動は報告されていない。イノリはハッシュバベル市内に避難してあたし達が護衛についているがカイマナイナはまだ王邸に残っている」



 アイリーの顔から表情が抜け落ちた。全身の力が抜けてソファに身体を投げ出しているだけの状態になる。顔から血の気が失せた後に激痛に耐える表情が浮かび上がってきた。



 驚愕と恐怖が一瞬の心停止を起こし全身に酸素欠乏が現れたのだ。すぐに浅い呼吸を復活させたのはアイリーが積んできた経験が思考停止を拒絶したからだった。



 アイリー達が座るソファの正面に長方形の発光体が現れた。空間転移の予兆現象だ。ソファに座るアイリー達の視界に現れたのはミサキだった。アイリーの呼びかけに応える事なく戻ってきたことになる。



 その全身鎧の色が変色していた。深い青色から光沢のないオフシルバーに。材質が変化したように見えた。巨大な鎧姿のまま、一言も発することなくミサキはアイリー達の眼前で地に膝をつき、そのまま前のめりに倒れた。



 倒れ込んだミサキの背後から現れたのは4本の巨大な触手を背から生やした美しい少女…… ラウラだった。



「無益にして浅はかな抵抗、ご苦労でした。力なきハリストス」

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