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エレメント・アクティビティ  作者: 志島井 水馬
第二部: 第六章 戦争
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10‐ 宣言

 ネイルソンの目前に投影されている映像はアイリー達がいるビルを空中から撮影しているものだった。旋回するドローン群の他に、定点滞空し状況を監視する迷彩ドローンも当然に配置されている。



「アイリー達が最前線へと移動してから10分。すぐに攻撃に転じてこなかった理由は何だと思う? ラウラ?」



「戦争の道理をアイリーに説いた者がいたのだろう。おそらくは東フィリピン海洋自治国の者…… 侵蝕部隊は戦争の作法を知らないだろうからな」



 スクリーンを前にしながらネイルソンは横長のソファに悠然と座っている。ラウラは隣に座り身体を預ける姿勢のままそう答えた。長身の美青年の肩に首を傾け乗せている美少女に戦闘中の殺気や焦燥は微塵も感じられない。



「この侵攻作戦は人民の憎悪が臨界点を超えて爆発した紛争ではない。僕が欲しいものを後世に怨みを残さず手に入れるための手順に過ぎない。交換条件が次世代のハリストス、アイリーに絶望を教える事だったというのが彼にとっての悲劇だが…… 」



「彼の悲劇は貴方には関係のない話だよ。ネイルソン」



「悲劇は主人公が為すすべもなく打ちのめされ息絶える事で観客に深い感動を与える静謐な物語となる。運命を拒み勝手な悪あがきをすればするほど、娯楽性が高まり喜劇へと変じていく」



「世の中に喜劇ばかりが溢れかえる理由だな。ネイルソン。自分の人生を振り返り、こんなはずではなかったと思いついてしまった瞬間から、その者の余生は喜劇へと書き換えられてゆく」



 ネイルソンはすぐには返答しなかった。自らを顧みているのだろうか。口元には諦めとも自嘲ともとれる笑みが浮かぶ。ラウラがその微笑を見咎めた。



「大統領が浮かべる表情ではないぞ、ネイルソン。今、一番注目すべき喜劇役者は若き救世主だ」



 ラウラはネイルソンの長く大きな手を自分の細く小さな手で包んだ。包みきれずにはみ出したネイルソンの長い指がラウラの手を握り返す。



 何か言いかけたネイルソンがスクリーン上に現れたアイリーに目を奪われた。アイリーが合同庁舎の屋上に恐れる様子も見せずにその姿を現したのだ。一人ではなかった。アイリーの姿を見たラウラが思わず笑い声をあげる。



「見ろ、ネイルソン!! まるで私達の会話を聞いて応えてくれているかの様な喜劇役者ぶりだ!!」



   ・

   ・

   ・



 こんなつもりではなかった…… とアイリーは思う。思考の中にリッカの笑い声が響き渡っている。



 ひとり屋上に昇り、広々とした場所から周囲を見回す。自分を中心に攻撃ドローン群が旋回している。窓から見た様相と違い、完全に包囲されているのが実感できる。



 遠方から銃撃の音が聞こえてくる。地上では市民が必死の抵抗を続けている。



 この街、東ブリアを侵攻軍から解放する。アイリーが自らに課した使命だ。だがそれは先行して共和国深部へと入り込んでいる侵攻部隊の、首都攻撃への合図になるという。首都に生きる人々を見棄てて辺境都市の人命を守るのか。あるいは自分には手に負えないと全てを放棄するのか。



 アイリーの視界の中にスクリーンが展開された。屋上に現れた自分自身の姿が鳥瞰されている。



『偵察用ドローンを配信用に配置しました。アイリーさん、始めますよ!!』



 ドロシアがそう伝えてくる。嫌だ、と思ったが今さら中止を言い出す事も出来ない。嫌だと思う根拠が弱すぎるからだ。



『俺が想定していたのは少し…… 違うんだ』



『世界を説得させる為の最適解です。アイリーさんがこの街を救う英雄にならなければ世界はアイリーさんの言葉に耳を傾けません』



『覚悟を決めな、可愛いベイビー』



 ドロシアとクラリッサが同時にそう答えてきた。殺戮の権化にも見えるドローン群が自分を完全に包囲している。自分の顔が紅潮しているのが分かる。こんな場面に身を置いても、顔が赤くなるのか。とアイリーは自分に対して驚きを覚えた。



『……始めよう』



 アイリーは視界の中に浮かぶスクリーンを注視する。屋上に一人で現れた自分自身の姿が映っている。ハッシュバベル本部で会談のために着用したスーツ姿だ。



 アイリーの背後に光の扉が現れた。エレメンタリストのミサキが空間転移を発動させた時に起こる発光現象だ。光の扉の中から女性型ヒューマノイドが2体現れた。



 グラマラスな全身をラテックス素材で包み、首と腰の周りに装飾品にしか見えない装甲を装着した美しい女性。一人は明るいブロンドの髪を風に揺らし、もう一人は長い黒髪を身体に這わせている。言うまでもない。アンジェラとクラリッサだった。



 二人揃って妖艶な微笑を浮かべながらアイリーの両脇に並びたつ。男物の丈長い、深い葡萄色のマントをアイリーの肩にかけ、口づけでも捧げそうな表情と素振りでマントをアイリーの首元に留める。そのまま彼に身体を委ね互いの顔が触れ合う近さで寄り添った。アイリーが両手に大輪の花束を抱えている様に見える。



 続いてアイリーの背後に現れたのは頭部も顔も装甲で覆った深い青色の全身甲冑を纏った巨大な騎士だった。手に武器はない。代わりにタワーシールドと呼ばれる背丈より高さのある大きな盾を持っている。



 さらに光の扉からアイリーを中心にV字を描く様に行進してきたのは軍服姿を彷彿とさせる軽装甲姿の女性兵達。左右に6名づつ、合計12名。軍帽を目深に被り、反射のない黒いサングラスを着用しているがいずれも美しい顔立ちである事がドローンからの映像でも見て取れる。12名の兵が持っているのは銀色に輝く削りだした様な無垢の銃剣。



 国王の威儀整飾を任務とする儀仗兵部隊だった。最後尾の二人は黄金色のポールに巨大な軍旗と国旗を掲げている。



 整列を済ませた儀仗兵達が手にした儀仗銃を次々に回転させ、上下させ始めた。戦闘に備えたものではない。栄誉礼、ドリルパフォーマンスと呼ばれるものだ。包囲するドローン群に動きはない。呆気にとられている様にも見えた。



 高速のパフォーマンスが終わると同時にアイリーの真後ろに立つ甲冑姿の騎士が声を張り上げた。拡声器への接続は予め完了させていたのだろう。街の要所に配置されている公共用スピーカーからも騎士の声が流れる。



「思慮深く、強い忍耐の心を併せ持つ偉大なるネイルソン大統領が治める平和の都に入り込んだ無頼の鼠賊どもに告ぐ!! 大統領が盟友、アイリー・ザ・ハリストスが慈悲の心に厚い大統領に代わり鼠賊どもに鉄槌を下す!!」



『はい、アイリーの番。がんばれ!!』



 リッカの声が合いの手の様にアイリーの耳に届く。恥ずかしい。同行しているのは屈強の兵ではなく美しさを競うために生み出された女性ヒューマノイドばかりだ。俺は何をやっているのか。



『はい、がんばれ!!』



「私が常に尊意以って仰ぎ見る大統領閣下に申し上げます。元首が国民を護るために自らの力を尽くすのに何の遠慮がありましょうか? 不幸にして激戦区となったこの街を不肖ながらエレメンタリストの力を振るう者としてこのアイリーが助勢申し上げます。民の命を護る事こそ為政者の大義。大統領、首都も危険にさらされております。御身のお力を存分に振るわれる事を願っております!」



 アイリーの言葉が終ると同時に背後に立つ甲冑の騎士がタワーシールドを高く振り上げ、力強く振り下ろした。



 瞬間、甲冑の騎士…… ミサキの全身が正視できぬほど強い光を放った。ミサキに背を向けていたアイリーが背後からの強い光に一時的に視覚を奪われたほどの強い光だった。

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