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エレメント・アクティビティ  作者: 志島井 水馬
第二部: 第六章 戦争
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07‐ 攻撃ドローン群の包囲

 手の甲、裏拳で横顔を殴られたアイリーは大きくバランスを崩し片手をついて倒れ込んでしまった。予告も予兆もない、いきなりの殴打だった。痛みは大きくないが驚きでとっさに声が出ない。



 アイリーの顔が相手の両手で挟まれ、上へと引き上げられた。強引に立たされたアイリーの眼前に真面目な表情のクラリッサの顔が迫る。唇が唇でふさがれた。荒々しく背を抱き寄せられ、アイリーは自分の胸板にクラリッサの胸が押しつぶされる感触を覚える。



「帰還兵症候群対策だよ、アイリー。もう2発くらい殴っておくぜ。顔を殴られたら、あたしのキスは上手だったよなあって思い出す。そういう仕組みにしとくんだ」



 拒絶の声をあげる前に、もう一度クラリッサに殴り倒された。大きな痛みはないが体のバランスを崩す絶妙な角度で殴ってくる。足を踏ん張って堪える事ができない。間髪をいれずに顔を両掌で包まれて柔らかな唇が押し付けられてくる。



「待て!! こんな事に意味はないぞ!!」



「あるからやってんだろうが。この先、殴られるたびにネイルソンの間抜け野郎の顔を思い出して悔しい気持ちまで思い出していたら身がもたねえ。今が治療の最適時なんだよ。ほら、立て」



「イノリ!!」



「あたしはクラリッサだ」



 分かっている、そうじゃない、と思いながらアイリーはもう一度殴られた。リッカの笑い声が聞こえる。耳元でクラリッサの実際の笑い声も聞こえた。



「ああ、愉しい」



「酷い…… 自分の護衛とキスをする間柄に」



「なってねえよ。これは緊急治療だ。いや、希望するなら何だってしてやるよ? けどそりゃ浮気になるぜ。あたしと手を取り合ってイノリから逃げ続ける覚悟は出来てるかい? 可愛いベイビー」



「イノリ!!」



「あたしはクラリッサだ」



 アイリーの体を抱き寄せるクラリッサの両腕は絶妙な角度でアイリーの腕の関節から自由を奪っている。もとより腕力で戦闘ヒューマノイドのクラリッサに勝てる訳もないが力を入れることすら出来ない拘束術を応用されている。細い指先がアイリーの体に突き立てる様な刺激を与えてくる。



 3回目のキスは長いものだった。クラリッサが器用に顎を動かしアイリーの唇にある触覚受容細胞の全てに自分の唇の柔らかさと熱を伝えてくる。



「……また斬新な趣味を開拓中だなあ、アイリーさん」



 クラリッサの絶妙な首つかいで顔をのけ反らせる事も出来ずにいるアイリーの背後からミサキの笑いを含んだ声が聞こえてきた。アイリーが東ブリアの激戦区に移動を終えた事を確認した上で転移してきたのだ。



 名残惜しそうな表情を見せつけながらクラリッサがアイリーの唇を解放する。アイリーは首をまわしてミサキの姿を探した。ミサキは笑顔を浮かべているがその視線は窓の外を見ている。



 間髪を入れずにリッカがアイリーの知識の中に現在位置と必要最低限の最新情報を組み込んできた。



「東ブリアの中心部にある合同庁舎4階部分に転移させられた様だ。アンジェラの到着を待たなければ周囲の詳細は分からないが衛星写真から見る限り周囲に同じ高さの建物も少ない。良い目標物のてっぺん部分に送り込まれた様だな」



 アイリーがミサキに知り得た情報を告げる。ミサキの顔に緊張がない事がアイリーを安心させたが、ミサキの返答は剣呑なものだった。



「嫌がらせレベルとはいえ、罠のど真ん中に放り込まれたな。アイリーさん。4階部分では指令車や支援アンドロイド群を転移させられない。自力で1階に降りて必要な広さのある場所を確保しないと臨戦態勢をとる事もできない。窓から見えている通り、建物は攻撃ドローンに完全に包囲されている」



 アイリーも窓の外に目を向けた。1時間前に自分がいた合衆国東海岸の湾岸都市・ハッシュバベルとはまったく異なる空の色。この建物を取り囲む様に数十、数百の飛行物体が円を描く様に周回飛行を続けている。



 一方でミサキは壁に手をついてその手触りを確かめた様な素振りを見せている。アイリーへと視線を戻す。



「地震もサイクロンもない地域の最貧国が建てたビルだ。信じ難いが超軽量鉄骨と軽量気泡コンクリートで作られている。周回しているドローンなら3発で全壊が可能だな。直撃しなくても間近で爆発させられたらショックで外壁が崩れ落ちる」



 アイリーの目に不審の色が浮かんだのを見てミサキが笑い声をあげた。



「室内の壁紙を触ったから分かった訳じゃないよ、アイリーさん。俺は水界のエレメンタリストだ。非破壊検査は得意分野ってやつだ」



「いや…… 数機でビルを破壊できるのに何故こんな大量のドローンを周回させている? なぜ、すぐに攻撃を仕掛けてこない?」



「お手並み拝見…… 俺達がどう迎撃するかで乗り込んできた戦力と戦術を分析しようとしているんだろう」



 ミサキがそう答えたのと視界の中でアンジェラからの通信窓が展開するのは同時だった。



『アイリー、貴方のいる部屋のドアは既にビル内の廊下へと繋がっているわ。ネイルソンがいた部屋へと戻る道は閉ざされている。非常階段を使って1階まで降りるルートは確保したわ。庁舎に隣接する駐車場には充分な広さがある。指令車とアンドロイド群を転移させるだけの面積も確保を終えたわ』



「アンジェラ…… 早いな」



『貴方達のキスが長すぎたのよ。平和ねえ、可愛いベイブ』



 アンジェラのからかいに反論している暇はない。気持ちの切り替えが済んでいるアイリーは別の事を尋ねた。



「周辺に市民は?」



『いるわ。まだ半径80メートル以内しか探索できていないけれど大通りには市街地掃討アンドロイドと武装ヒューマノイドが展開中。一般市民も通りに出て応戦中よ。一方的な虐殺展開になっている。周回しているドローンは市街地全域を破壊するために編成されたものだと思うわ』



「雷撃でドローン群を一掃する事も考えたが墜落後の爆発で市民に大きな被害が出るな。俺達は特大の地雷の真上に降ろされた訳だ」



 ミサキがインカムを指で抑えつけながらそう言った。アンジェラの通信はミサキにも伝わっている。



「先ずは市内の状況を正確に把握する。1階に降りるぞ。ミサキ、市民に被害が出ない方法で滞空しているドローン群を無力化してくれ」



 アイリーの言葉にミサキが満足気な表情を浮かべた。



「いい指示の出し方だ。餅は餅屋。最良の結果を得たければ専門家の所へ行け、という奴だ。アイリーさん、あんた分かっているねえ」

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