05‐ 反撃
首を締め上げられた状態のままでアイリーが苦し気な声を出した。
「……貴方には不死の驕りが見える」
ネイルソンは自分の下あごと首の付け根の当たりに固いものを押し付けられたと感じる事ができただろうか。同じ瞬間にネイルソンの頭が爆発する様に四散した。頭部を失って上体を揺るがせたネイルソンの両肩が同時に破裂したのは次の瞬間だ。
「カイマナイナのドレインには特徴があるんだよ。アイリーの体に触れているものはアイリーの装備と見なされて同じ様にドレインの保護対象となる。ドロシアとアンジェラがわざと潰されたのはアンタの隙を誘う為さ。マーヌーケー」
アイリーの背後、その両脇から迷彩を解除した細い2本の腕が現れた。両手にはそれぞれ大口径の銃が握られている。最初からアイリーの動きを阻害しない様に抱きつきながら護衛にあたっていたクラリッサだった。
解放されたアイリーはソファへと崩れ落ち、クラリッサは器用にその体をアイリーに密着させたままでネイルソンの心臓を繰り返し撃ち抜いている。一方の手に握られた銃はラウラへと向けられている。
「エレメンタリストは致命傷を負った時に再生を最優先するんだろう? 心臓以外の再生を許可してやるよ。意思の疎通を大事にするアイリーの恩情に深く感謝しな、もう退役している老ハリストス」
ネイルソンは痙攣を繰り返しクラリッサの問いに答えられる状態ではない。口元の血を拭ったアイリーはラウラへと視線を向けた。ラウラは応戦する様子も見せずソファに座ったままアイリーを見つめている。
「……本当に、手間のかからない男ね。新しいハリストス」
「ラウラ・スヴェンソン。貴女が同席し、大統領は自らカイマナイナの名を口にした。戦争は仕組まれたものだと明らかになっている。今が停戦の最後のチャンスだ。俺がこの部屋から出て行く前にネイルソンの真意を明らかにしてほしい」
アイリーの言葉にラウラは笑い声で応えた。
「この作戦は共和国議会を通したものではないわ。ウバンギ共和国が法人格として国際法で裁かれる理由はない。そしてネイルソンはエレメンタリストよ。人間の法律は彼に効力を持たない。それは国際法も同様よ。作戦は最初から秘密でもなんでもなかったわ。伝える必要のない貴方には伝えられなかったというだけよ、無力なハリストス」
「ヘイ、ロリータ。アイリーは自力でハッシュバベルに戻る能力がある。このままネイルソンを連れ帰って監禁、全部を尻切れトンボで終わらせるって結末もあるんだぜ?」
もはや姿を隠す事もやめたクラリッサがネイルソンへの銃撃を繰り返しながらラウラにそう伝えた。心臓に被弾する度に頭部と両腕を失ったネイルソンの体は大きく痙攣する。その様子を一瞥してからラウラはクラリッサに対しても朗らかな笑顔で応えた。
「構わないわよ。ネイルソンの意志は既に動き始めている。彼の体に休息を用意してくれるなら願ってもいない事だわ。この部屋の扉の先は首都バングイーではなく激戦区の東ブリアに通じているわ。決断するのは貴方の方よ、ハリストス。 ……彼の意志は貴方が重視する“愉しいおしゃべり”で止める事は出来ないわ」
アイリーの目に強い光が宿った。
「扉の先が激戦区に…… 大統領は最初からこの展開も視野に入れていたという事か。その先にも周到な準備が…… 罠が幾重にもあるんだろうな」
「手間のかからない男ね」
「不愉快な言葉だ。だが今は時間が惜しい。クラリッサ、扉の外へ行くぞ」
クラリッサが驚きの声をあげる。
「おい!? ネイルソンの体をどうするんだ?」
「扉の先を激戦区へ通じさせたというのなら、ネイルソンはもう別の体で再生を終えているはずだ。それは再生に必要な時間、俺達の注意をひくための囮だった。頭部の再生が遅すぎる事に気付いていながら俺は…… アンジェラがいればもっと早くこれが罠だと分かっただろう。俺はまだまだ…… 甘い」
最後の言葉には自分への呪詛が込められていた。アイリーは自分の背後を大きく振り返る。迷彩機能を消失したアンジェラだった残骸が驚くほど小さい範囲で潰され、ジャンクの塊と化している。続けてアイリーは応接室をぐるりと見回した。ゆっくりと首を振り、ラウラに視線を戻すことなく扉へと歩み始める。
「ようこそ。地獄へ」
ラウラがアイリーへと声をかけた。アイリーは一瞬立ち止まり、だが答える事なく部屋から出て行った。扉が閉まる音を聞いたラウラが茫洋と正面に視線を戻して小さく問う。
「どこにいるの? ネイルソン?」




