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エレメント・アクティビティ  作者: 志島井 水馬
第二部: 第六章 戦争
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03‐ 対面

 アイリーの呼びかけに応えたネイルソンが対面の場として設定したのは自身が事務局長を務めるハッシュバベル国際平和構築支援事務局だった。名称は長いが要は世界が放置する紛争地帯の監視機関だ。貧困地帯の紛争が先進国都市部へのテロ事件に発展しない様に監視するだけの部署だった。



 対面の場所がハッシュバベル本部である事にアイリーは感謝していた。ウバンギ共和国の前線へと乗り込む手段がなかったからだ。ミサキもニナも共和国を訪れた事はない。アフリカの中央部まで認可も取らずに空路を強行する訳にもいかない。極秘裏に陸路を進んでいては時間がかかりすぎる。



 ハッシュバベル本部での対面はそのジレンマを一気に解決させるものだった。会談はネイルソン側が2日後と指定してきた。侵攻の状況を見て即時の行動開始をアイリーは望んだが陸路を強行した場合の移動時間とその後の作戦展開を考えあわせたら対面を優先すべきだとドロシアとミサキが強く主張した。



 今、アイリーは万全の準備を整えてハッシュバベルの本部へと戻って来ている。見慣れたエントランスから第一資源管理局直通エレベーターに乗り込む。出勤時と変わらない風景がアイリーの緊張感を和らげている。



『偏桃体の活動は平常時と同レベルになっているよ。緊張感を維持しながら恐怖や不安に由来する思考の偏りがない。いい感じだよ、アイリー』



 リッカの上機嫌な声がアイリーにそう告げる。傍らにはドロシアが付き添っている。公式な会談の場に相応しい、政治上の表現に対するアドバイザー役という名目だ。ネイルソン側に同席の承諾も得ている。



『会談の決着点は共和国内への軍需品の持ち込み許可です。アイリーさん。諸条件を急いで取り決めると入国後の行動に制約がかけられる原因となります。シンプルな落着を目指しましょう』



 通信回線でドロシアがそう告げてきた。ネイルソンは自分の能力を使い守護者連邦で大量虐殺を行うだろうとアイリー達は予測している。アイリーの本当の目的はこの阻止であり、その手段としてネイルソンの動機を消失させる事を目指している。



『……ネイルソンが本当に目指す決着とは何だろう?』



『イノリさんの分析に依れば祖国の恒久的繁栄です。一連の行動がその目的とどう繋がっていくのか。本人と会って見極めるしかないです』



 祖国の繁栄を期して国民を大量虐殺する。そんなロジックが成り立つものか。アイリーが眉間にしわを寄せた。



『スマイルだよ、アイリー!!』



『笑ってる場合じゃないだろリッカ』



 エレベーターが目的階に到着した。エレベーターホールでアイリーを出迎えたのは北欧に生きる古代民族の特徴を凝縮した様な美しいヒューマノイドだった。ただし年齢は若く作られている。10代の前半にしか見えない。



「来訪を歓迎します。スウィートオウス特別捜査官。私は本日、ネイルソン・ロイシャーシャ事務局長側のアドバイザーを務めさせていただきますラウラ・スヴェンソンと言います。会談の場までご案内させて頂きます」



 アイリーの視界の中にアイコンが一つ浮かび上がった。ミサキからの通信だ。ミサキ自身はエレメンタリストなので思考回線が実装できない。伝えられるのは音声と固定されたアイコンだけだ。



『アイリーさん。ガキの筐体に入ったままで今日のアドバイザーを名乗るって事はネイルソンの特別待遇を受けている存在、側近中の側近という事だろう。だが俺はこいつの顔を知っている……。 アンファンテリブルの作戦司令だ。ネイルソンはアンファンテリブルとの関係を隠す気もないって事だろう。話はサクサクと進みそうだな』



『警戒の度合は?』



『命がけはいつも通りだ』



 平然としたミサキの返答にアイリーが微かに笑いを浮かべた。ラウラがアイリーの顔を見つめる。



「……豪胆ですね、特別調査官」



「緊張しています。無理に笑顔を作って自己暗示を試みているところです。豪胆と評価された事は一度もありません」



 アイリーの言葉に応える事もなくラウラは廊下を進み、重厚なドアを開けてアイリーを中へと招きいれた。応接セットの横で立ったままアイリーの到着を待っていた青年が笑顔を浮かべる。ネイルソンだった。



 互いに紋切り型の自己紹介を交わした後、アイリーは勧められるままソファへと腰を下ろした。隣にドロシアが座る。反対側の隣にリッカが現れた。アイリーの耳元に口を寄せる。



『アイリー……GPSで確認した。この部屋ごと転移された。今、私達はウバンギ共和国の首都にいる。ウバンギ共和国にお安いローミング先がねえよ!! どちくしょうな通信費になるよ!?』



『ちょっとでも部屋の外に出ておきたいな。今後の行き来が楽になる』



『黄熱病ワクチン、まだ打ってねえよ!!』



 それは考えつかなかった……まだそんな病気があるのか。とアイリーは思った。リッカの朗らかな笑い声が返ってくる。



『あ、ニナがウィルス疾患は対応できるって。安心していいって。良かったね、アイリー』



「……何か、心配ごとが解決した様な表情をしていますね。特別調査官?」



 気付けばネイルソンが微笑を浮かべながらアイリーを見守っている。アイリーも笑顔を返してみせた。



「渡航前予防接種に準備不足があったのですが、支援してくれているエレメンタリストの能力で解決できそうだと分かり安心したところです」



 アイリーの言葉を聞いたネイルソンが大きく息を吸い込み、そのまま呼吸を止めた。呼吸を忘れる程に考えを巡らせている様だ。アイリーもまた大きく息を吸い、呼吸を整えた。視界が急激に鮮明さを増す。緊張が感覚向上を誘引したのだ。



「ハッシュバベルの職員である俺を同意も得ずにウバンギへ連行した。最初から新旧のハリストス同士の話をするためにこの場を設けて下さったのでしょう? 大統領。本題に入りましょう」



 ソファに座るアイリーが高く足を組みなおして上体を背もたれへと預け、あごをひいて正面からネイルソンの顔を直視した。



「何故、今になって急に動き始めたのですか? 大統領?」

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