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エレメント・アクティビティ  作者: 志島井 水馬
第二部: 第五章 最貧国のエレメンタリスト
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08‐ リッカの助言

 アイリーに歩み寄ったオリビアは両腕を拡げて微笑みを浮かべた。そのまま両肩をつよく重ねる様に感謝のハグでアイリーに自分の体を委ねる。アイリーはオリビアの両肩をつよく抱きしめた。



「自分の命が助かった事に安堵しています。ありがとう、アイリー」



『肩じゃないよ、アイリー!! 腰を抱き寄せてオリビアの胸を自分の胸で抱き潰すんだよ!! ついでにお尻を鷲掴みしてオリビアの逃げ道ふさぐんだよ!! 冗談で言ってるんじゃないよ!? 今のオリビアには本当に必要なことなんだよ!!』



 リッカがアイリーの耳元で激しく抗議する。思考回線を通じてドロシアも抗議の声をあげた。



『オリビアさんを抱き上げるくらいの強さで抱擁して下さい、アイリーさん!! トロフィーを獲得した様に所有欲を剝きだしてオリビアさんの行動の自由を制限するきつい抱擁をして下さい!! 説明は後でしますから、今すぐに!! 可能なら唇へのキスをして下さい!!』



『馬鹿な事を言うな。オリビアは強い心を持つ大人だ。これから大事な話もしなきゃいけない。彼女が負った心の傷は理解している。でも彼女の気持ちに付け込む様な行動が許されるはずがないだろう』



『誰もキムチ漬け込む話なんかしてねえんだよバカアイリー!!』



 リッカの怒声にアイリーが困惑しながら反論しようとした時、オリビアがアイリーから体を離した。ショックで青ざめてはいるが落ち着いた表情だ。口元にはかすかに微笑も浮かべている。



『……自分の行動には責任をとれよ? アイリー』



 通信窓を開かず、声だけでブリトニーが伝えてきた。アイリーの心に初めて疑念が湧く。だがオリビアはアイリーの動揺に構わずに一歩、体をひいてアイリーへと笑顔を向けた。



 嬉しさでも安堵でもない。全てが抜け落ちた感情の穴に理性が蓋をしている。こういう時にとるべき態度というものを記憶を頼りに再現しているだけの笑顔だった。



 安堵の感情に翻弄されたのはむしろアイリーの方だった。意識せず涙が溢れてくる。その事にさえ気付けずにいる。



「君だけでも…… 無事でよかった。……助かってよかった」



 生存者ゼロではなかった、という事が事故原因調査官としてのアイリーの心をどれほど奮い立たせたか。だがアイリーの横でリッカは片手で両目を覆い天を仰ぐ姿勢で溜息をついている。



「ドロシアさんから話は聞きました。……私の村は大きな紛争の前哨戦に選ばれたのですね」



「……仇はとる。必ず」



 アイリーの言葉を聞いたオリビアが望洋とした表情で微笑んだ。ゆっくりと頭を下げ、お願いします。と答える。



「アイリーさん…… アイリーさん達は、まだやらなければならない事がたくさんあるのでしょう? お戻り下さい。私は…… 私は?」



 思い出すまでもない当たり前のことを不意に忘れてしまったかの様にオリビアが沈黙した。白骨体だけが横たわる無人の村。周辺には大型の肉食獣も生息している。女性がひとりで寝起きできる環境ではない。



 寄り添っていたドロシアがアイリーへと提案をしてきた。通信回線の時のような焦りを隠さなかった怒声ではなく、穏やかに落ち着いた声音だった。



「近くの村に避難するとしても当座の生活費が必要になるでしょう? それにアイリーさん…… 近隣の村がオリビアさんの味方になる保証がありません。カルテルだけでなく、警察も軍も信用できる存在ではありません」



 アイリーが大きく頷く。



「ハッシュバベル……いや、東フィリピン海洋自治国に招こう。入国の煩雑な手続きにも融通が効くだろう。今後の方針を急いで決める必要もない。休養を取ってほしい」



「……貴方の国へ招いてくれるのですか?」



 オリビアの問いかけにアイリーは再び大きく頷いた。イークスタブが消失している今、カイマナイナとネイルソンが村を訪ねてきた前後の事も含めオリビアから得られる情報は重要なものが多く含まれるだろう。



 何よりも唯一の生き残りを安全が確保できるまで自分の目の届くところで守り切ってみせたい。アイリーの本心からの願いだった。衣食住の提供や金銭的な負担は問題にもならない。精神的なケアについてはエドワードに助言を求めながら対応できるだろう。



「安心して下さい」



 アイリーはそう言ってオリビアに握手を求めた。オリビアがその手を強く握り返す。



 村の現状を自分の目でも確認したいと願い出たオリビアは物音も絶えた家々の前にそれぞれ鎮魂の花が捧げられているのを見た。アイリーが自ら摘み、捧げたものだと随行したドロシアが説明する。オリビアもまた家々の前で立ち止まり、膝をつき両手を組んで昨日まで同じ集落で暮らしていた村民たちの安息を祈った。



 村を一巡したオリビアと合流し、アイリー達が東フィリピン海洋自治国へと帰還したのはその日の夕暮れ近くだった。

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