06‐ イークスタブの真実
リッカに抱きつかれている形になっているが触覚への干渉がないためアイリーには自分の背後から覆いかぶさってしがみついてくるリッカの両腕と顔の一部しか見えていない。慣れもあるのだろう、アイリーの表情に照れている様子は見られなかった。
『アンジェラが復元してくれたこの映像を見る前から疑問に思っていた事があった。イークスタブはメキシコの森林地帯にある少数世帯が生きる村で診療所を営み80年余りを過ごしていたという。この地で発生するのは風土に根ざした病気、自然界に存在する毒物や細菌に由来する中毒症状が中心になるはずだ』
アイリーの発言にアンジェラ達が注目する。一体、何を疑問に思っていたのだろうか。
『イークスタブが参戦したアンチクライスト戦は中央アジアの砂漠地帯で展開されていたはずだ。戦いが終わり情報支援が打ち切られたイークスタブに密林地帯で発生する疫病や中毒症に対応できるスキルが備わっていたとは考えにくい』
『診療所に残されていた薬品や衛生材料は使用期限に余裕があり使い捨ての物も多かったよね。通信費も節約しなきゃいけない貧乏村では不自然なくらい備品は潤沢だった』
リッカがつないだ発言にアイリーがうなづいた。二人の発想は同じ方向を向いている。
『……退役し隠遁していると自認していたイークスタブが患者との面会を記録する時に自らを個別認証番号で名乗るのは不自然だ。村人にイークスタブと呼ばれていたのならそう名乗るはずだ。そもそも記録者ではなく報告者と名乗る事が不自然だ』
『アイリーが個別認証番号に疑問をもったからすぐに解析したよ。番号は配属先、製造元、情報を集約し行動を指示する母体AIのシリーズ名とシリアルナンバーで構成されていた。連合軍所属、SE社製Tシリーズ。緊急医療に特化した高次AI群でTシリーズと名づけられているのは……テレサの管理下にある事を意味している』
リッカの報告にアイリーは再び大きく頷いた。不機嫌な表情が一層強まる。
『テレサに対する情報提供とテレサからの物資の供給は今も生きていると推測できる。カイマナイナとネイルソンとの繋がりも当然把握していた。 ……ドロシア。ネイルソンは俺に似ていると言っていたな』
ドロシアが頷く。その経歴、心情が似ているからそう言っただけで事実に基づいた根拠があった訳ではない。その事でアイリーが誤解をしている訳ではない事はその表情に現れている。
『ドロシアのその一言が良いヒントになった。ありがとう……。 ネイルソンが参戦したアンチクライスト戦は67年前に起こっている。ネイルソンはそれ以前に戦闘経験がない事も本人の告白で確認できている。実際のアンチクライストが出現する前に、当時のハリストスはネイルソンに接触していた。これは俺の今の状況によく似ていないか? ……リッカはネイルソンの能力を“戦闘経験の有無を問わない特殊なもの”と推測した』
リッカの双眸が淡い光を放った。堪えきれない笑顔が表情に浮かぶ。
『……それは考えつかなかった!! アイリー、すごいね!! さすがでやっぱり!! わたしのアイリーだよ!!』
何を褒めたものなのか、クラリッサ達には分からない。アイリーの顔が初めて上気した。少しの照れを感じたものらしい。
『戦闘行為に特化したエレメンタリストはそれぞれに得意な、そして強力な攻撃方法がある様だ。ニナの腐敗の能力、ミサキの雷撃、アレハンドロの人体発火……。 ネイルソンの能力が何であるかは分からないが従軍の経験もなしで有効と判断した根拠は何だ?』
『ネイルソンをスカウトした時点で、当時のハリストスは出現するアンチクライストの能力を把握していたってアイリーは考えたんだね? うん。それはあり得ると思う』
リッカが声が喜びに弾み、アイリーの表情は不快さを増す。リッカに対する不快ではない。
『俺がネイルソンに似ているというのなら…… この流れで行けば第三資源管理局は既に次のアンチクライストを特定しその能力も理解している』
必要な情報を渡されずに虐殺という大事件に振り回されている自分の状況にアイリーは激怒している。当然だ。繰り返される虐殺劇の全てが予定された前哨戦だというのなら当事者であるアイリーもまた虐殺側の人間という事になる。止めるべき相手は誰なのか。それさえ分からずに状況に流されている。
『……あたし達は戦場の不文律をよく知っている。アイリー、ネイルソンとカイマナイナが最初から繋がっていたんだとしたらペク族の村が襲われた理由に説明がつくぜ?』
クラリッサがアイリーへとそう告げた。アイリーにはその理由が想像できない。
『ネイルソンが黒幕だとしたら奴にとっての本番が始まるまで自分の能力を見せるつもりがない。そしてカイマナイナに自分の味方になれとメッセージを送ったんだよ。自分達の思い出の場所に死体の山を作って、そのてっぺんに自分の旗をおっ立てたんだ。次は俺が暴れる。手を貸せ。ってな』
『……メッセージ?』
アイリーがつぶやく様にクラリッサの言葉を繰り返した。そんなものの為に8000人の何の関わり合いもない人を殺すのか。
見えない手が体の内側から自分の脳と眼球を握りつぶしにかかってきた様な圧迫感をアイリーは感じた。人の命を一方的に否定し殲滅させる行為に何の痛みも感じないのか。それぞれが精一杯に生きてきた証が残る廃墟を見て何も感じないのか。
その虐殺が、やがて来るアンチクライスト戦を前にアイリーに経験値を積ませる為に予定された前哨戦だとしたら。
『俺こそが諸悪の根源じゃないか』
自責の念は全身の筋肉に緊張を生み、神経がその圧迫に激痛を激痛の信号と変えてアイリーの脳を襲った。




