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エレメント・アクティビティ  作者: 志島井 水馬
第二部: 第四章 語られる本心
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09- 再会

 道路というのは乗用車が2台すれ違える程度に幅があり、その両側にはビルが密集して立ち並ぶのが当たり前の風景だと思っていた。香港は24世紀を迎えた現在でも世界屈指の雑多な景観で知られる。老朽化したビルを掃きだめた様な街並みは数百年変わらないままだ。そこで暮らしているからこそカイマナイナはたった今、目の前に広がる風景に新鮮な驚きを感じている。



 赤茶けた土の上に砂埃が舞う大通りは長大な駐車場かと思えるほどの幅員がある。道路の向かい側、ではなく駐車場を挟んだ両側に別の街がある様だ。



 道路に面した場所には店が並んでいる。店のすぐ裏手には高い塀がある。塀の向こう側は再び100メートル単位の空地があり、その奥にようやく店を構える商人が使う事務所や住居がある。馬鹿馬鹿しい土地の使い方だがこれには合理的な理由がある。



 この国の大通りというのは自家用車両が通るためではなく軍用車が通行する事を前提に整備されている。他にも超大型工事車両や輸送車両が護衛の装甲車に囲まれながら走行する事も想定されている。



 店には1営業日に必要な物資と釣銭程度の現金しか置いておかず、在庫や売上などは塀の向こう数百メートルの空地を隔てた先の事務所に保管されている。粗暴犯による強奪対策だ。当然に銃器も用意されている。



 カイマナイナは大通りに並ぶ飲食店の軒先で食事を採っていた。焼き魚をほぐしたところに軽く熱が通った程度に炒められたピーマンとレモンと茹で置きしてある豆が盛り込まれ、塩と油で味付けがされている。



「……まあ、これはこれでエキゾチックというか、ねえ」



 驚くほど美味しいわけではない。素材の味がそれぞれにしているだけの盛り合わせ料理だ。だがカイマナイナのテーブルには空になった大皿が既に4枚積まれている。魚の種類を変えてお替りをしたからだ。



 カイマナイナのすぐ横には店番の女性が笑顔で立っている。足元に大きなポリバケツが置いてありバケツの中には昨日作ったというソルガムきびを発酵させた酒が汲み置かれている。発酵を止めることをしないので作って2日で度数が上がり過ぎ味が落ちて商品にならなくなるという酒だ。



 気温のせいで時間単位で度数が上昇しているその酒をカイマナイナは水代わりに飲んでいる。濾過した新鮮な水よりも自然発酵させた酒の方が安いのは衛生環境が未だに劣悪なままだからだ。



「土から立ち上り日差しにこもる人の汗の匂い。酒の発酵匂と建物に貼りつく黴の匂い。60年経っても何も変わっていないわね。懐かしさより可笑しさばかり感じるわ」



 カイマナイナの表情は穏やかだった。年齢は20代後半、出身は南太平洋の諸島と一目で分かる美しい女性の顔姿をしているが身にまとう雰囲気は自分の過去全てを愛しく思って受け入れる老成ぶりを感じさせる。



 店の奥から一人の青年が現れた。7分の長さのスラックスに白のYシャツを裾を出して重ね、足元は黒の革靴。コブラヴァンプと呼ばれる装飾も縫い目も排除した様なシンプルな靴を履いている。気候に合ったコーディネートと言えた。日光を青く照り返す様な独特な黒い肌に理知的な瞳が印象的だ。



 苦笑を浮かべながらカイマナイナに近づいた青年が相席の可否を尋ねる事もなくカイマナイナが座るテーブルの対面に座った。店の奥から現れたが店員ではないのだろうか。店番の女性が笑顔のまま青年の前にもカイマナイナと同じ酒をコップに注ぎ運んできた。



「連絡もなしに現れるとは君らしいな、カイマナイナ。しかも昨夜の今日だ」



 カイマナイナは青年の顔を見ようとしなかった。目線を土埃が低く舞う路面に向けたまま低い声で答える。



「……貴方は幸せにやっていると思っていたのよ?」



「幸せが手に入ったら報せに行こうと思いながらやってきた…… もう60年が過ぎたんだね。君は綺麗なままだ」



 カイマナイナの呼吸が止まる。ようやく口元に微笑が浮かんだ。



「……顔を見せ合うだけならこんなに簡単な事だったのにね」



「再会の仕方にこだわっていたんだ。 ……自分で語った夢くらいは叶えなければ君に逢う資格もないと」



 初めてカイマナイナが青年へと顔を向けた。微笑んでいる。アイリーにもエイミーにも見せた事のない笑顔であり、この青年にとっては懐かしくも見慣れた笑顔だった。



「馬鹿ね。夢を叶えた男の幸福なエピローグに私の出番はないわ。だから私からは逢いに来なかったのよ? ……貴方が今も足掻き続けているからもう一度逢えたのよ……。 よく頑張ったわね。ふふ…… ふふふ。耳が赤くなっているわ。可愛いネイルソン」



 カイマナイナの笑い声をきいた青年、ネイルソンが視線を逸らしたまま苦笑を浮かべた。同じ種族の中でも特にメラニン色素が肌に強く出ているネイルソンの紅潮を判別できる者はカイマナイナとラウラ以外にいない。



「二世代前のアンチクライスト戦を生き延びた者が隠居する村にアイリーを呼び出しての襲撃があった。私へのメッセージだとすぐに分かったわ。アイリー坊やはまだ自分自身に襲撃の理由を求めているけれど」



「僕からのメッセージ…… 君はどう読み解いたのか聞かせて欲しい。カイマナイナ」



「負ける事が許されない最終決戦の相手……覚醒したアンチクライストがアイリーにとって最強最大の敵であってはならない……。 ラスボスが最強で盛り上がるのはフィクションに限ったお話よ。最後の戦いに未知や未体験の要素を残して臨むのは致命傷につながるわ。 ……だからアイリーには最終決戦の前に世界最強のエレメンタリストが最凶最悪の力を示さなければならない。貴方らしいロジックだわ、私のネイルソン」

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