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エレメント・アクティビティ  作者: 志島井 水馬
第二部: 第三章 イークスタブ
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10‐ 2つの化合物

 言葉に詰まるアイリーにアンジェラからの通信が入る。



『アイリー。こいつの体の素材が知りたくて光線を当ててみたの。光電と超音波センサーによる素材解析よ。結論を言うわ。目の前の存在は破壊や捕獲拘束が可能な物質では作られていない。アクティビティによる可視のエネルギー体。本体はここにはいないわ』



 アイリーは自分に寄り添う様に立つリッカに視線を送る。リッカの双眸が大きく見開かれている。平時にリッカが自分で作り出している顔の造りからはかけ離れた大きさにまで両目を拡大している。瞳は淡く発光し周囲には無数のアイコンが浮かび上がっている。



 リッカはアンジェラにデータの提出を受けながら独自に目の前の黒一色のアイリーの正体を探ろうとしている。そうと察したアイリーは改めて目の前の敵に視線を戻した。リッカの視界はアイリーの見るものに準拠している。アイリーが目をそらす訳にはいかない。



 背後のオリビアに動きはない。アイリーの体を抱きしめている両腕からアイリーの腹部にしたたる程の汗が噴き出している。アイリーの背に密着させた胸から体調に異常を来すほど早まっている鼓動が伝わってくる。



 今すぐにオリビアが自分ひとりで生死にかかわる決断を下す事はないと予想したアイリーは正面を向いたまま幾度か深呼吸を繰り返した。時間を稼ぎ、転移し、迎撃する。追跡がない場合でも確実に正体へとたどり着く情報を得る。アイリーの思考は明確な目的に向けて回転速度を高めた。



「……お前はエレメンタリストだな?」



「何を……今さら」



 黒一色のアイリーが笑った。



『アイリーの姿に作られたヒューマノイドではない。エネルギー体というのならミサキの変身能力みたいに中に別人が入っている訳でもない。エレメンタリストはAIの情報並列化支援を受けられない。本体は離れた場所にいるのに、イメージだけで腹立つほど詳細にアイリーの姿をコピーしてきている。エレメンタリストはものすごい記憶力を持つ個体。でもカメラに映った映像だけでここまでアイリーを細かくイメージできる?』



 リッカの問いかけには予め答えが含まれている。黒一色のアイリーを作り出しているエレメンタリストは、どこかでアイリー本人と接触した経験を持つ者ではないか? という可能性だ。



「……自らを名乗る準備もなく俺の前に現れ、最終局面でもないのに俺にその力を見せつけなければならなかった。お前は何に追い詰められているんだ? エレメンタリスト?」



 アイリーの問いかけに対して黒一色のアイリーの顔から表情が消えた。無表情となった黒一色のアイリーの顔をリッカが凝視する。アイリーの挑発は続いた。



「……科学を前に物質化させた力で対抗しようとするのは悪手だ。物質化された攻撃に対して科学は必ず対応策を見つけ出す。第一資源管理局の高次AI、テレサの言葉だ。不用意なお前に教えてやろう。無駄な前哨戦を俺に仕掛けるな。俺の前に姿を現し力を見せる事は一番の悪手だ。俺を常に護るアンジェラとクラリッサはただの護衛ではない。連邦捜査局最強の特殊部隊。侵蝕部隊だ。一度姿を見せた者が逃げ切れると思うな」



『あら、嬉しいこと。私も愛しているわよ、可愛いアイリー』



 アイリーの視界の中、通信窓の中でアンジェラがウィンクをしてみせた。



『エレメンタリストの攻撃を受けたイースタブの筐体は本体部分が消失していたわ。破壊された残骸もないから恐らく空間の置き換え能力による奪取でしょうね。AIの安否は分からないけれど置き換えられた空間から極微量のC10H12Oが検出されたわ。この屋内には存在しない化合物ね。置き換えられた向こうの空間に漂っていた成分かも知れないわ』



『俺に化学式の知識は少ない。転移先を特定できる様な情報なのか?』



『アネトールっていう芳香族化合物だよ、アイリー。メキシコの自然界で検出される事はめったにない。地中海沿岸から中国南部あたりなら自生している草から検出されるよ。都市圏は別。アネトールだけじゃ特定できない。でも奪取したものを回収するつもりならエレメンタリストは今現在、その香り成分が検出される場所にいる可能性が高い』



 アイリーの問いにリッカが即答する。即答しておきながらリッカはさらにアイリーに待ってくれと言い出した。



『化学的に精製されたものじゃない。濃度が低すぎる。不純物も多すぎる。天然素材を離れた場所で大量に消費して香り成分だけが長く大気に浮遊した状態に似ている。その街独特の匂いが染みついた空気が微量に流れ込んできた』



『数値としては一番説得力のある状況ね、リッカ。他にC6H9NOも検出されたわ』



『アンジェラの検出能力って頭おかしいレベルだよね』



『褒めているのよね?』



『2-アセチル-1-ピロリン。これも芳香族化合物だよね。この二つの香りが当たり前に漂う街?』



 アイリー自身も想像していなかった側面から敵の解析が始まっている。半径数百キロ圏内というレベルで居場所を特定することに通常は意味などない。だがエレメンタリストは世界に800個体しか存在しない。地球上全体から数百キロの範囲を特定できるという事は充分に探査の足掛かりになる。



 アイリーの目前で黒一色のアイリーが肩をそびやかしてみせた。



「……忠告痛み入るよ、ハリストス。お返しにペク族最後の一人を生かしておくことは君の活躍にとり大きな失敗となると忠告しよう。これはお互いに言える事だが忠告は素直に受け入れるものだ。君の健闘を祈っているよ」



 錆び切った金属をゆっくりと軋ませあう様な笑い声をあげ、黒一色のアイリーの輪郭が歪む。歪んだ輪郭は色彩と共に薄れ、その姿は現れた時と同様に一瞬で掻き消えてしまった。



「……え?」



 帰るとは思わなかった。さすがのアイリーが虚を突かれた表情になる。



「おい、大将。カッコつけすぎだよ。消えろって啖呵切って、ほんとに帰してどうすんだよ?」



 クラリッサが振り返り、冷たい目線と声をアイリーへと投げかけた。微笑みを浮かべたアンジェラが無言でアイリーの傍らを通りオリビアの傍らに立つ。アイリーの体に急激な重みがのしかかってきた。



「オリビアの心拍数が危険数値にまで上昇していたわ。休ませなければ聞き取りもできないでしょう。鎮静剤を投与しました」



「こんな数秒で眠る様な投与の仕方をして平気なのか?」



 通常、鎮静剤というのは1分以上かけて緩やかに投与するものだ。驚くアイリーにアンジェラが声を立てて笑い、こう答えた。



「優しいのね。可愛いアイリー」






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