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エレメント・アクティビティ  作者: 志島井 水馬
第二部: 第三章 イークスタブ
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03‐ キリスト者・アイリー

 アイリーが案内されたのは広場に近い位置に建つ一般住宅だった。集会所に相当する建物は広場にあったが緊急治療の前線として活用されている。



 合板で組み立てられたテーブルにパイプ椅子がその家の応接室にある調度品だった。椅子に腰をおろしたアイリーに茶が差し出される。薬草を煎じたものらしかった。同じ茶をアイリーの座る対面においてオリビアが席につく。



 オリビアが席につくためにアイリーから視線を外した瞬間にアイリーの目の前のカップに小さな波紋が起こった。見えない何かが水面に触れた様に小さな同心円が広がる。



『簡易判定だけれど毒物や薬物は検出されなかったわよ、アイリー。自家製のカモミールティーね。雑に育てて適当に干したものを煮出した自家製茶だから貴方の口には合わないかもね』



 アンジェラが思考通信でアイリーにそう告げた。毒見までしてくれるのか、とアイリーが驚く。



『自家製のものをメーカー品と比べて雑なつくりというのは失礼だよ、アンジェラ』



 アンジェラの含み笑いが返ってくる。心づくしの飲み物を揶揄したのではない。アイリーの気持ちの余裕を測りたかったのだろう。そしてアイリーは平常心を取り戻していると確信できたのだろう。一方のオリビアは席についた途端に何かに驚いた様に硬直してしまっている。一体何に驚いたのか。



「……貴方は東フィリピン海洋自治国の国王陛下だったのですか?」



 彼女のナビゲーターAIからの報告だろう。確かにアイリーの顔を一般的な情報網で検索するとハッシュバベルの事故原因特別調査官よりも新国王としての情報の方が多く検出される。オリビアの顔に困惑と恐慌が走った。



「私は…… 国賓に相応しい方とお会いするという経験を持っておりません。失礼があったと思いますが全ては私の無知によるもので悪意があった訳ではありません。国際問題になる様な……」



「俺が国王の立場にある事は事実ですが政治の道を辿って得た地位ではありません。度重なる非常事態の中で事情あって就いた役です。外交上の儀礼は不要です。今回、貴女の村が襲撃を受けた事も一連の非常事態の中で起きた事だと考えています。人の命が係わる問題です。他者の命にも責任を負う者同士の実務的な話をしましょう。俺の事はアイリーと呼んで下さい」



 数秒の沈黙の間にオリビアの表情から動揺が消えていった。大した胆力の持ち主だ、とアイリーがオリビアへの評価を改める。



「ご厚意に感謝します。アイリーさん。私が救難要請をハッシュバベルに送ったのは父が死の直前にアイリーさんへの連絡先を私に伝えてきたからです。そして貴方は要請から数十分で私達の村へと陸路で現れてくれた。この近くにキャンプを開いていたのですか? ……この村が襲撃されるという情報を事前に掴んでいたのですか?」



 オリビアが見せた怒りの原因が理解できた。予め襲撃を知り対応の準備を整えながら被害が出るまで看過し、要請が出た後に恩を着せる様に現れたのだとしたらアイリーも襲撃者と変わりない。オリビアはそう考えていたのだ。アイリーは首を横に振った。



「違います。俺はエレメンタリストの支援を受けています。要請を受けた時、俺は東フィリピン海洋自治国にいました。エレメンタリストには空間の転移能力があり、その能力支援が要請に即応できた理由です。俺からも質問をさせて下さい。貴女は先ほど、俺をアイリー・ザ・クライストと呼んだ。どうしてそんな呼び方をしたのですか?」



 空間の転移、という言葉を聞いてオリビアが理解不能に陥りかけたのを見て取ったアイリーが逆に質問を投げかけた。オリビアの混乱はもっともだ、とも思う。14000キロ近い距離を空間を転移出来るんですの一言で移動されては常識に裏打ちされた会話が成立しなくなる。だが事実は事実なのだ。



 オリビアの回答はアイリーを驚倒させるものだった。



「貴方の事は子供姿のヒューマノイドたちが襲撃の際に多く語っていました。現代に再臨したキリスト。新しい世界の救世主を自称し世界の征服を目標とする新興勢力の首謀者。破壊のエレメンタリスト。世界の各地に自分達の拠点を作る事を計画している……。 村を襲撃した子供たちは、その拠点を事前に知り得たので先に襲撃して貴方の世界征服の計画を阻止しようとしている……」



『アホか…… とも思えるけれど世界中どの都市でも襲撃理由をアイリーのせいに出来るね。アイリーが世界征服の拠点を作る前にその都市を破壊する。世界を守るためだからゴメンね。悪いのはアイリーだからねって。 ……おおー。 どうする? アイリー?』



 リッカの問いかけは楽しげだった。



『東フィリピン海洋自治国の国王になったのが世界征服説の証明に使われるのは!! 間違いない!! これは!! 詰んじゃった感じ? イヒヒヒヒヒ』



 頭を抱え込みたくなったアイリーが思わずリッカの顔を見る。リッカの周囲には無数のアイコンが展開されている。そのアイコン群がアイリーの思考を正常に戻した。



『オリビアが嘘をついているかどうかを表情から解析しているな? リッカ? 結果を教えてくれ』



 嘘はついていない、という結論をリッカに教えられたアイリーは電子戦と情報戦に高い能力を持つクラリッサに村内の防犯記録の見直しを依頼した。最初の襲撃の日の映像が村内に残っているはず、というアイリーの見込みを聞いたクラリッサが瞬時に記録の見直しを終える。



『定点防犯カメラの音声記録が残っていたぜ、アイリー。アンファンテリブルのガキどもが下手な芝居であんたを世界征服マニアだと吹聴してまわっている。アイリー・ザ・クライスト。キリストものアイリー。そう呼んでいる』



『クライストと言い換えたのはスペイン語圏の辺境地に住む人でも誰の事かわかる様にっていうサービスかしらね? 手の込んだデマゴーグだけれど目的遂行には純粋な手段だわ。まさか自分の名前で罠に嵌められるとはね。どうする?』



『アンファンテリブルが徹底抗戦をせずに敗退した理由も説明がつきますね、アイリーさん。私達の勝利こそが彼らにとって今後の作戦展開を有利に運ぶ必須条件だったんです』



 クラリッサとアンジェラ、ドロシアの言葉は非情とも言えるものだった。アイリーの近親者を標的に選び続けたニナと異なり、今度のエレメンタリストはアイリーを孤立させる事に有効な手を打ち出してきている。



 オリビアの視線に猜疑の色が浮かび始めた。リッカの指摘通り、東フィリピン海洋自治国の国王という事実が指し示す状況に思い至ったのだろう。すぐに否定しなければならない。



 だがアイリーは自分の記憶に不整合を感じ取った。改めてオリビアの表情を注視する様にリッカに指示を出しながらアイリーは慎重に言葉を選ぶ。



「……それは誤った情報です。俺はエレメンタリストではない。国際政治に興味がなく傾倒している政治体制もない。世界征服など興味もない。 ……一部のエレメンタリストに敵視されている状況で自分の身を守るために様々な方面から支援を受けています。その支援の窓口の名がハリストスですが… 英語読みでクライストを名乗った事はない」



 オリビアの顔が強張った。アイリーの言葉を否定ではなく肯定と捉えたのだ。理想の世界を思い描きその実現に実力を行使するならば、被害を受ける側にとっては世界征服行動と何ら変わらない。自分の行動を客観視できているかどうかだけの違いしかない。実際にエレメンタリストと敵対していると自分で言っているではないか。英語読みだろうが何だろうが関係ない。救世主キリストを自称しているではないか。



「……俺にとって最大の疑問は、なぜ貴女の村が…… ペク族の村が標的となったのかという事です。貴女の話を聞いてもう一つ疑問が生まれました。亡くなられた貴女の父上の事です。話をしてもよろしいですか?」



 オリビアの父はアイリーとの通信のさなかにアンファンテリブルに斬首という残虐な方法で殺害された。その時の話をしなければならない。オリビアの顔に激しい感情が湧きおこるのを見ながら、それでもアイリーは話を続けた。



「父上は俺のことをハリストスと呼ばれました。アンファンテリブルの子供兵たちはあの夜に誰もハリストスという言葉を使っていない。何故、貴女の父上は俺をハリストスと呼んだのか」



「……ハリストスというのはスラブ語読みでのクライストの事だそうです。同じことではないのですか? キリストでもクリストでも何の違いがあるというのですか?」



 再び怒気をはらんだオリビアの言葉にアイリーは冷徹な表情を見せた。自分に向けられた怒りに怯えを感じている状況ではない。



「スペイン語圏の方がクリストと発音したのならば俺も見過ごしていた。だがハリストスというのはその呼び名を知らなければ出てこない言葉です。父上は、ナビゲーターに俺の姿を見せることができて良かったとも言われていた」



「だから何だというのです!?」



「貴女の父上はハリストスという組織の存在を以前から知っていたのではないですか? そしてナビゲーターを通して誰かに俺の情報を送った。その心当たりを知りたい」

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