05‐ 訪問
『言っておくけど!! わたしとアイリーはいつでも同じ結論に辿りつくんだよ? わたしの方が結論出す時間が短いだけ。アイリーひとりでも同じ結論を出していたからね?』
リッカの声は弾んでいる。先手を打たれている状況に変わりはない。仮に今夜、数にものを言わせた攻撃を受けたら無力化されるのはアイリーの方だ。だが出口は見えた。
リッカが両目を楕円の形に閉じて微笑んだ。長い睫毛が目尻に集まり愛らしいラインを作る。
『まあ、アイリーがわたしに感謝するのは構わないよ?』
アイリーがリッカの意見を口にした。クラリッサ達侵蝕部隊とイノリとが揃って驚きの表情を見せる。
「豪胆ね。ハニー」
ようやくイノリがそう言った。アイリーの顔に微かだが得意げな嬉し気な表情が浮かぶのをみてドロシア達がさらに驚く。決定的な弱点を相手に握られ勝機の一切は潰された。テロリスト対策のエキスパート達がそう宣言した直後にアイリーは根源的な解決策を提示し、イノリの称賛に喜ぶだけの心の余裕さえ見せたのだ。
「アンファンテリブルというのは本拠地が秘匿された軍事組織です。自ら紛争の情報を掴みエージェントを派遣するという形で営業を展開しオリジナルのものが多い兵器群の製造拠点も原料の調達ルートも明らかになっていません」
ドロシアの言葉にアイリーが当然の疑問を口にした。
「俺は軍事という世界に詳しくない。資金源はどうなっているんだろう? 戦争代行というのは自己資金だけで展開できるものなのか?」
「本拠地が分からない、という事は本拠地は中東かアフリカか、どちらかにあるという事だろうな。その他のエリアにある国はG150、いわゆる世界政府のメンバーに名を連ねている。他国が本拠地を知りたいと探っている組織を国内に匿う余地はない。デメリットが大きすぎる」
「アンファンテリブルと言う組織はスポンサーなしで運営できる規模を越えている組織です、アイリーさん。そして大規模な軍事組織に資金提供できるとしたら中東エリアの国が該当すると思います。中東エリアには未だに独自の世界観を持ったまま世界と関わる国が多く存在します」
クラリッサとアンジェラがアイリーの疑問に持っている限りの知識を提供した。アイリーが再び思考の海へと意識を沈める。
「……アンファンテリブルに仕事を依頼しているというエレメンタリストは虐殺を計画しているんだろうか。他の目的で俺を狙う可能性は?」
「アイリーさんがハリストスであるという前提なしに、エレメンタリストがアイリーさんに干渉する理由がありません。ハリストスはエレメンタリストによる人類の虐殺を阻止する勢力です。アイリーさんに敵対行動を示すならば虐殺の計画は存在を否定できません」
人類に対して滅亡さえ視野にいれた無差別の大虐殺を企むエレメンタリスト。アンチクライスト。過去に3回、アンチクライストは現実に出現している。そして現代のアンチクライストは既にこの世に生を受け、どこかで生活している。第三資源管理局から提示されている情報はこれだけだった。
こちらから何を問いかけても第三資源管理局は返答そのものを寄越してこない。一体、何を考えているのか。いや、何を隠しているのか。
アイリーに積極的な協力を示しているエレメンタリストのニナもミサキも前回出現したアンチクライストとは遭遇していない。遭遇経験を持つエレメンタリスト、カイマナイナと高次AIのテレサはアイリーの問いかけに対し明確に“今伝えられる事はない”と回答を拒絶している。
アイリーの思考をアンジェラが遮った。
『アイリー。貴方に声を掛けた後に第三資源管理局へと向かった正体不明の男だけれども…… 迷彩ドローンで監視中に彼の靴に針型のGPSを打ち込んでおいたの。電力が限られているから1時間に1回現在地を報告するだけ、24時間しか稼働できない装置だけれど…… 彼は今、フランスにいるわ』
『フランス…… 何故そんな所に?』
『第三資源管理局局長、イクサゴンの私邸がある場所よ』
アンジェラの報告に驚くアイリーに、さらにリッカが声をかけた。
『アイリー!! メキシコのペク族の新しい指導者から救難要請が入ったよ!! 旧来の麻薬カルテルに生き残りの村が包囲されているって!! カルテルの中にエレメンタリストがいるって!!』
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第三資源管理局局長室へと続く廊下には4つの扉がある。それぞれの扉を開ける毎に一つのアクティビティが入室者に資質を試してくる。
空間の置き換えの扉。アクティビティを持たぬ者が入室しようとしても部屋の外へと押し戻されてしまう。
物質の置き換えの扉。入室した者に石化のアクティビティが発動する。抵抗できないエレメンタリストは全身を石に置き換えられ進むことも退く事も出来ぬままそこで寿命が尽きるまで立ち止まり続ける事となる。
法則の置き換えの扉。室内に存在する全ての液体は27度で沸点を越えるよう法則が置き換えられている。抵抗できぬ者は血液が沸騰し酸素が供給されぬまま身動きも出来ず倒れ伏し、そこで120歳というエレメンタリストに定められた寿命が来るまで死ぬことも叶わず酸欠の苦しみに晒され続ける事となる。
ネイルソンは3つの扉の全てをクリアし、今第4の扉の前にいる。扉の前には先客がいた。十代も半ばの痩せた少女。二本の刀を腰に差している独特な装備を見るまでもなく、その顔は多くのエレメンタリストに知れ渡っていた。
治安介入部のエイミー・マクリミラーレだ。不機嫌さを隠さずに入室してきたネイルソンを見つめる。
「……第4の扉は因果の置き換え。抵抗できるエレメンタリストは10人に満たない。資格がない者が無事に通過するには2名の“招き入れる者”の同行が必要になる。一人は門番の爺。もう一人の役をわたしが言いつけられた」
ネイルソンが頭をさげて心からの感謝を表した。
「お手数をお掛けします。ミス・マクリミラーレ」
「わたしを知っているのか? 変装を解け。顔を変えたまま局長に会う非礼は許さない」
促されてネイルソンは顔を覆っていた生体素材によるマスクをはぎ取った。青く光りを放つほどの黒い肌と思慮深い目元が露わになる。その顔をエイミーがみつめた。
「……どこかで会ったことがあるか? お前の顔には見おぼえがある気がする」
ネイルソンが微笑んだ。
「お許しください。高名な治安介入部の方と関わりを持つのはとても恐ろしい事に感じます。私の事はお忘れ下さい」
丁寧な言葉ながらはっきりとした意思表示を受けてエイミーが軽侮の吐息をもらした。もっともだ、とだけ小さくつぶやいた後にネイルソンに自分についてくる様に伝え、エイミーは第4の扉を開いた。




