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エレメント・アクティビティ  作者: 志島井 水馬
第二部: 第二章 重なる襲撃
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04‐ 弱点

 およそ1時間後。アイリーはイノリの自宅リビングに居た。2人とも既にスーツを脱ぎ、それぞれにラフな姿に着替えている。イノリは長袖のゆるやかなTシャツに濃い色のロングスカート、アイリーはテーパードのチノパンツにカットソーというラフさだ。壁に男物のジャケットが掛かっているのはアイリーが着てきたものだろう。



 玄関のチャイムが鳴り、出迎えたイノリが二人の来客をリビングへと連れてきた。クラリッサとドロシアだった。ドロシアは手土産を携えている。ハッシュバベル街区で人気の店のドーナツだった。



「あたしらは食べないから二人で3個づつ食べなよ」



「この時間にドーナツ? 危険だわ、クラリッサ」



 イノリの声に笑いが混じった。アイリーはまだカロリーと体型を気にする年代に至っていない。単純に甘いものに目を奪われている。クラリッサがアイリーに声を掛けて注意を惹いたあとに着ていたジャージのファスナーを下ろした。



 素肌の上にチューブトップだけを纏った身体がジャージの開いた部分から見える。コロンの甘い香りが室内に漂った。イノリが不審そうな表情を浮かべた。



「素敵な香りだけれど護衛の貴女が珍しいわね?」



「護衛のあたしは今も迷彩発動しながらこの部屋に一人と外廊下に一人、歩哨に立っているよ。あたしとドロシアは人間との打ち合わせは顔を突き合わせてするのが好きなんだ」



 今、この場に3人のクラリッサがいるのか…… とアイリーは思った。心強い気もするし何だかよく分からない、という気もする。それにしてもなぜ、わざわざそんなラフな姿で現れたのか。



「アイリーがあたしを愉しんでみたい様だったからさ。一番胸が柔らかい筐体を選んで来たんだよ。チューブトップ取るとこの胸、ふよっと垂れるんだぜ? デカいからな!!」



「……は?」



 アイリーにはイノリの声が振動ブレードの稼働音に聞こえた。瞳の輝きが凶悪なプラズマに見える。



「そんな怖い顔するなよイノリ。アイリーの出したモンは再利用可能な状態であんたに返すって」



 理解に一瞬の時間を要した後にイノリが両手で顔を覆った。下品な会話には耐性がない育ちをしている。なんなの? 貴女達? と言ってアイリーの隣に腰を下ろした。



「イ…… イノ……」



「くだらない言い訳を聞く暇はないわ。アイリー、貴方はさっきまで襲撃を受けていたのでしょう? その話が最優先よ」



 4人掛けのテーブルに並んで座るアイリーとイノリの対面に、クラリッサとドロシアが座った。アイリーの視界の中に同時に3つの通信窓が展開する。エドワード、アンジェラ、ブリトニーの3人の顔が映っている。リッカがアイリーの横に現れた。自前で用意したエッグチェアの中に膝を立てて収まっている。



 一つ深呼吸をしてアイリーが全員に問いかけた。



「俺は今抱えている疑問を解き明かす事で状況を把握、理解したい。今回俺を襲撃した戦闘アンドロイドはアンファンテリブルの所属だと思うか? それとも第三の存在が新たに登場したのか?」



「回収した襲撃者の残骸は現在、分解と解析を進めている最中ですが少年の姿から戦闘アンドロイドに変形するという設計自体が国際社会に展開する軍需産業のものではありません。アンファンテリブルのオリジナルだと考えていいと思います」



 ドロシアが即答した。異論は出てこない。



「あの戦闘アンドロイド1機を製造するには幾らぐらいのコストがかかるんだろう?」



 性能から推定する最低値での概算ですが、と前置きしてドロシアが答えた。人間が勤め人として稼ごうと試みたら20年以上かかる金額になるらしい。アイリーの顔に困惑が浮かんだ。



「俺の暗殺が第一目的ならあんな大掛かりな装備を投入する必要はない。狙撃でも毒殺でも、人を殺すのは向こうの方が本職のはずだ。もっと適切な作戦がいくらでもあっただろう。今回の襲撃は何を目的にしていたんだ?」



「テロリスト制圧が本業の私達には不自然な展開とは映らないわ、アイリー。先ずメキシコでアイリーの攻撃力を観測する事が出来た。次に知りたいのは警備状況を含めた防御力よ」



 通信窓の中でアンジェラが答えた。アンジェラが続けた言葉にアイリーは戦慄する。



「そして防御力というのはアイリーを確実に仕留める為に必要な規模を知る物差しよ。街ごと破壊すればいいのか、都市全体の破壊が必要なのか。合衆国では大規模なテロリスト集団の指導者暗殺に街全体への爆撃という選択を躊躇わない。相手もそうだとしたら今回私達は弱点を相手に知られた事になるわ」



 アンジェラの言葉を聞くドロシアとクラリッサの顔に驚きはない。二人とも同じ結論に至っているのだろう。



「アイリーは、私達は、アイリー本人に差し向けられた攻撃に対しては無敵と言える反撃力と防御力を有している。でも私達には距離の離れた複数の都市への同時テロに対応する力はない。ニナのアクティビティを得たとして半径15キロという狭い範囲が私達の戦闘可能エリアの限界。その限界を超えた広域の戦闘に対しては私達は無力と知られたわ」



「その情報を確定させる為ならアンドロイドに何機の損害が出ても採算は取れます。その詳細な情報を買い取りたいと手を上げる者は多いでしょう」



「アイリーがいる、という理由だけでその周辺半径数十キロを焼け野原にする。アイリー自身がどこに逃げてもその周辺を焼き尽くす。アイリーを受け入れる者は皆無となる。あんた本人を殺せなくても無力化を図る事は簡単だと判断する材料を敵は手に入れた」



 ドロシアとクラリッサが感情の無い声で告げた。



「AIらしい戦い方だ。虐殺のエレメンタリストがAIの戦争屋と手を組んだ。最初の手駒に駆り出されるのはあんたを警戒する世界中の犯罪組織。犯罪組織と攻防を繰り返す者を受け入れる街はなく、世界からあんたを孤立させるチェックメイトは相手の手に渡っている。虐殺のエレメンタリストはあんたの邪魔を警戒せずに目的を達成できる。状況はそんなところだな、アイリー」



 部屋を沈黙が覆った。正直に言えばアイリーは予想もしていない状況だった。僅かに戦勝気分すら感じていたのだ。それが全て裏目に出たと伝えられた。アイリーはリッカへと視線を向けた。



 リッカはクラリッサを睨んでいる。眉根をひそめて怒りを抑えきれぬ表情になっている。



『なんでクラリッサはおっぱい出したまんまなんだよ? ああ?』



『リッカ…… 意見を聞かせてくれ』



 リッカがアイリーを見た。怒りの表情を消して目に笑いさえ浮かべている。



『え? 朗報ばっかりじゃん。おめでとうとか言った方がいい?』



『この状況のどこに朗報があるんだ?』



『アンファンテリブル自体はアイリーに何の怨みも持っていない。仕事をしてるだけ。その裏にいるスポンサーはエレメンタリスト。これは今日の襲撃で確率が爆上がりした。相手がエレメンタリストなら、こっちの攻撃目標は一つだけ。目の前に辿りついてブチ殴って土下座させたら話は終わりじゃん?』

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