03‐ 強襲チームの襲撃(2)
両手で頭を抱え込み、背を丸めて土下座する様な姿勢でアイリーはうずくまっている。反撃が出来る姿勢ではないが襲撃した少年たちはアイリーから距離をとったままだった。
探知できないが、アイリーと自分達の間に何かがいる。映像で確認する事は出来ない。襲撃者達は音波探査や電磁波探査の装置を持っていなかった。武器を内臓させている人間型の筐体にそこまでの装備を詰め込む余裕はない。サーモグラフにも反応はなかった。クラリッサもアンジェラも体内の熱は遮断させ体表面温度を外気温と同調させている。
襲撃者達が受けた指示は“アイリーを嬲り殺せ”だった。爆発、銃撃、感電、熱や毒で即死させてはいけない。複数の攻撃手段で段階的に殺せと指示が出ている。襲撃者達はアイリーを中心に3方向に分かれて距離をとった。
6本の腕には銃も剣もある。電撃鞭や火炎放射機も内臓している。即死させない程度に出力を抑え距離を取りながらの攻撃を選択するのは容易かった。頭と片腕を落とされた筐体も攻撃力に大きな損失はない。首から上に急所が集中する生物の弱点まで模倣する義理はないからだ。
3体の戦闘ヒューマノイド、今は異形のアンドロイドとなった少年達が臨戦態勢をとった。ドロシアがチームに向けて指示を出す。
『アンジェラさん、アイリーさんに耐熱耐酸シートを被せて下さい。クラリッサさん、前衛に出て3体の標的を無力化して下さい』
『破壊じゃなくて無力化かよ?』
『この戦闘で最低でも敵作戦司令まで辿り着くだけの情報を確保して下さい。害虫駆除は巣を探し出して叩き潰すところまで終えてこそプロの仕事。飛んでる虫を叩くだけなら素人でもできます』
『相手は戦闘特化アンドロイド3体。個別に武装した腕が17本。火力使い放題。こっちは銃火器の使用不許可であたしの腕は2本だぜ?』
『貴女はクラリッサさんで相手は零細企業が少ない予算で稼働させているポンコツロボットですが何か不安要素がありますか?』
ドロシアの冷淡な質問にクラリッサが笑い声を漏らした。
『まあ、相手がビックリエレメンタリストでなきゃね。あたしは世界最強の一人だよ』
知っています。とドロシアが答える。クラリッサが両手にそれぞれ持っている2本の剣の形状が変化した。両刃だった剣の部分が真ん中から二つに分かれ、片方が手に持つ柄の反対側へと回る。柄を中心に前後に刃が延びる形となった。片刃となった剣の峰の部分には使途も想像できない程小さなノズルが並んでいる。
『電力を少しでも推進力に回したい。光学迷彩をオフにするぜ?』
襲撃者達の前に初めてクラリッサが姿を現した。光学迷彩をオフにした為裸体をラテックス素材で包んだ様な姿となっている。トレードマークともいえるジャージは脱ぎ捨てており足先も素足のままだ。その踵部分から刃が伸びてきた。くるぶしに小さな穴が空いているのが見てとれた。
正体を質す事もなく襲撃者達がクラリッサへと銃口を向けた。クラリッサが現れた場所は襲撃者とアイリーを結ぶ直線上ではない。大きく横にズレた場所に現れたのは自分への発砲が流れ弾としてアイリーにあたる事を避ける為だった。
クラリッサが右足を大きく前に踏み出して腰を落とす。両手に握る刃が回転を始めた。剣の峰にあたる部分から糸状のプラズマ光が漏れ出す。くるぶしからも同じ光が漏れて見えた。
襲撃者達と、彼らの目を用いて状況解析しているラウラが見える景色は1秒間8000フレームで情報処理された映像だ。視界の焦点を狭めてフレーム数を上げても最大で16000フレームで捉える事が出来る世界が彼らにとっての理解の限界だった。
感覚向上を発現させたアイリーの目を通してリッカは毎秒60000フレームまでの高速解析を処理する事が出来る。偵察担当のアンジェラは最大で12億8000万フレームまで処理できる。クラリッサの動きを正確に把握できたのはアンジェラだけだった。
身体全体を使った接近戦体術と切っ先を高速回転させるという独特の剣筋を持つ古代中国刀術を戦闘に特化したAIがプラズマジェットの推進力を用いて改良させたらどんな動きが実現するか。
互いに距離を取り合った3体の戦闘アンドロイドは銃口をクラリッサに向けたのが精一杯。照準を合わせる事も出来ず、クラリッサの足さばき、その剣技を記録する事もできずに輪切りにされて3体同時に瓦解して地に崩れ落ちた。
『爆発反応シールドでアンドロイドの残骸を確保します。クラリッサ、下がってください』
爆発を検知すると誘爆を起こし爆風を相殺する反応装甲板は既に司令車から運び出されていた。支援アンドロイドがたちまちの内に輪切りになった襲撃者達の体を装甲板で囲い、箱を成型してしまう。
「もう起き上がって大丈夫だぜ、アイリー。怖かったか?」
ドロシアが振り返ってアイリーに尋ねた。アイリーが背中を丸めて土下座する様な姿勢、両手で頭を抱え込んでいた姿勢を解き耐熱シートを払って体を起こした。アイリーの後ろに立つアンジェラが思考通信を介して声を掛けてきた。アンジェラはまだ光学迷彩を解除していない。
『両腕と手の甲で耳と後頭部、首筋を守って体は背筋でカバーできる様に意識して小さく体を丸めていた。生き残る防御姿勢としては満点だったわ、アイリー』
『死に慣れているからね。怖くはなかったよ。俺は二人を信頼している。襲撃を受けた直後にニナが空間転移を勧めてくれもした。奥の手があったのも心強くいられた理由だ』
「なんで転移して逃げなかったのさ? そっちの方が確実に安全が確保できただろう?」
肉声でクラリッサが訊ねる。アイリーも肉声でクラリッサに答えた。
「俺が一人で勝手に転移したら一時的であってもクラリッサとアンジェラの護衛から離れる事になる。二人の護衛が外れる方が危険だと判断した。それに俺とアンジェラが転移したらアンジェラはクラリッサの戦闘をその眼で観測できなくなる。得られるはずの情報が得られなくなる損失は大きい。この場で二人の邪魔にならない様に待機するのが俺にとっては一番安全だと判断した」
その言葉が強がりで無い事はアイリーの心拍数が証明していた。体を丸めながらアイリーはずっと平常心を保ち思考を続けていた様だ。裸体のラインを晒したままのクラリッサが笑顔を見せてアイリーへと向き直った。
「あたし達の事を信頼しきっているって訳だ。もしかして口説いてる? アレオーケーな筐体に乗り換えて出直してきてやろうか? あたしらは全員、いつでもオーケーだぜ?」
『アイリー!! クラリッサのおっぱい見てんじゃねえよ!!』
『見てません』
リッカの罵声に顔を赤らめたアイリーをクラリッサは誤解したらしい。高い声で笑い声をあげて、じゃあ、今晩あらためて。と言った。




