02- 強襲チームの襲撃(1)
通常業務を終えて疲弊した体をベンチで休めていたアイリーの視界に通信窓が展開した。穏やかな表情のアンジェラが映っている。口元には親愛の微笑が浮かんでいる。
『アイリー、さっき貴方に声を掛けてきた男は貴方を攻撃する意図を持っているわよ』
アンジェラはアイリーの護衛を務めている侵蝕部隊の偵察担当だ。彼女の報告には常に根拠がある。アイリーはアンジェラに詳しい説明を求めた。
『公園内監視カメラを連動させて周囲を警戒していたけれど彼が公園に立ち入る姿は確認できなかった。園内にいきなり現れた訳ね。仕立てたスーツはヨーロッパ圏のもの。話す言葉には合衆国生まれの者にはない発音の癖がある。なのに顔だちはハンコみたいに一般的な合衆国人。怪しいと思って彼の後ろに迷彩ドローンを張りつかせていたの』
『何が分かった?』
『不用意にも音声で誰かと会話をしていたわ。貴方をひ弱な若造と判断していた。通信相手はその疑念に探りを入れてみると答えていたわ。身元を照会中だけれどまだ該当がない。そして彼は第三資源管理局のフロアに向かったわ』
『エレメンタリストか?』
『第三資源管理局のフロアは入口に特殊な防御システムを設けている。一定のアクティビティを持った者でなければ奥に進めない仕様になっているの。私のドローンもそこで弾かれたわ。つまり、彼だけがその先へと進んだ。エレメンタリストで間違いないわ』
疲れているのに…… とアイリーが溜息をつく。その感想が既に常人の域を越えている。仕事で疲れているから、自分への襲撃はちょっとタイム。という発想を平和に暮らす者はしない。笑い声をたてながらリッカがアイリーの横にあらわれた。
『ひゅ~♪ これから迎撃戦? マジっすか?』
リッカの声の明るさ、口調の軽さは事態の深刻さと反比例する。アイリーの視界が突然塞がれ、背中から柔らかな感触が有無も言わせぬ圧力でアイリーの体に覆いかぶさってきた。
公園内監視カメラの映像ともリンクを終えているリッカはアイリーの姿を鳥瞰している。アンジェラからの報告の最中、ネイルソンが現れた方向から3人の少年がアイリーへと走り寄ってきていた。その一人がアイリーの足元に小さな塊を滑らせる様に投げる。アイリーの足元で閃光が爆発した。
「痛い!!」
思わずアイリーが声を出した。アイリーへと殺到した少年たちの表情に変化はない。だが少年たちは疑問を抱いた。投げつけたのは閃光手榴弾。アルミニウム粒子を高速で噴出し空気中の酸素と結合させ発火。強烈な発光と一瞬の爆発音で相手の五感を完全に麻痺させる兵器だ。
痛い、と感想をもらす余裕を残すはずもなく、そもそも痛みを与える武器ではない。だが目の前のアイリーは実際に閃光手榴弾の攻撃を受けて四肢を丸めた姿勢でうずくまっている。
爆発より一瞬早く、光学迷彩を発動していたクラリッサがアイリーの背に覆いかぶさり防御姿勢を取らせたのだが襲撃した少年たちは護衛のクラリッサを認識できなかった。
3人組の先頭にいた少年が無言で手にしていた金属の棒を振り上げた。先端を尖らせたチッピングハンマーの様な形状をしている。クラリッサ達が高速通信を交わした。言語化しアイリーに理解を求める時間の余裕はない。
『アンジェラが襲撃者の体内に爆発物を探知した。狙撃は出来ない』
『爆弾抱えて登場したのに白兵戦を仕掛けてきた。第一目的は暗殺じゃないね』
狙撃手のブリトニーにクラリッサが答えた。唯一この場にいないドロシアも通信に参加する。
『ハッシュバベルの敷地内で自爆テロを起こしたら相手組織は誰であれ壊滅に追い込まれます。彼らに自爆の意図はないと思います。爆破以外にも暗殺は可能です。第一目的はまだ不明です、クラリッサ』
『一撃目をミスった暗殺なんて失敗したも同然さ』
『炸裂蜂も火蜘蛛も使えないわよ?』
アンジェラの問いにクラリッサが笑い声で応える。
『あたしがいるだろう? アンジェラ、アイリーの確保を替わってくれ』
先頭にいた少年の腕が肩先から消失した。続いて首が刎ねられて地に落ちる。クラリッサが常備する振動ブレードに斬り落とされたのだ。初めて少年達が殺到の足を止めた。3方向へと飛びのきアイリーから距離をとる。無傷の少年が地に転がった仲間の少年の首に銃を撃ち込む。炸裂弾を使っているのだろうか、撃たれた少年の頭が飛散した。
『仲間割れ!?』
『証拠隠滅だよリッカ。身元が割れそうなもんはその都度片づけていくんだ。後回しにするとロクな事にならない』
『ふーん。ガキどもだけどさ、戦闘服じゃないよね。微妙なセンスのシャツにジーンズ。スニーカー。バックパック背負ってる。スニーカーは中東共和国連邦の量販店チェーンが製造してるプライベートブランドだよ』
『リッカ、あんた情報早いなあ!』
『通販サイトで調べました。もっと誉めても構わないよ? バックパックの中身だけ、わたしじゃ予想できない』
『入手経路を特定させないための市販品、でも国外ならば逆に組織を絞り込む判断材料になる。流石です、リッカさん!!』
『ドロシア!! もっと!! もっと誉めても!!』
リッカの得意げな発言をクラリッサが途中で遮った。
『バックパックの中身はボディパーツみたいだな。あいつら揃って屋内戦、強襲戦特化の戦闘ヒューマノイドだぜ』
マジックっテープで成形されていたバックパックの外側が破られ、少年達の背中から4本の腕が現れた。顔面を覆う人工皮膚に亀裂が入り、額に6眼のレンズが現れる。顎は左右に割れて二本の短い触手が現れた。
『電子戦を仕掛けてみた。こいつらオリジナルOSで動いている上に遠隔操作を受けていない。乗っ取りは時間的に難しいな。やりあうしかないみたいだ』
『ひゅ~♪ マジっすか?』




