01‐ アイリー・スウィートオウス
体の中から湧き上がる力に意識が押し出された様に目が開いた。
頭の中に声が湧き上がってくる。記憶の中にある会話を思い出す様な感覚だ。聞こえてきたのは上機嫌そうな少女の声。
『おはよ、アイリー? ……起きる時間だよ? ……おはよ?』
彼、アイリー・スウィートオウスはベッドの上でゆっくりと半身を起こした。ベッド脇の鏡に寝起き顔の自分が映っている。
幼さが残る顔立ちをしているが20代半ばの体はよく引き締まり、上気した肌が健やかな色気さえ見せている。
小さく伸びをすると腹具合が気になった。朝食は何にしよう?
アイリーは男の1人暮らしだ。
『朝食指定…… チョコを入れたワッフルを3枚、アイスクリームを乗せて。チーズを入れたスクランブルエッグに焼いたベーコンが食べたい…… 確定』
声に出さずにそう考えるとアイリーの頭の中に再び少女の声が湧きあがった。
『朝からチョコワッフル!? 油分! 糖分! 炭水化物の背徳3連コンボかよっ!! あ! パプリカのワインビネガーピクルスとグリーンベジスムージー追加ね。ビタミン大事だよ?』
早口だ。まくし立てられたアイリーが寝ぼけたままの顔で鏡を見つめる。
『パプリカ……? ……ワッフルと合わない…… 』
『わたしが食べたいんだよっ!! シャワー浴びたら体調確認するからね? 熱いシャワーでサッパリしてきてね?』
言葉は強いが、今にも笑い転げだしそうな上機嫌な少女の声。アイリーに対する好意が耳に甘みとして染み込んでくる様な声だ。
アイリーの頭の中に朝食のイメージが浮かぶ。少女とは別の落ち着いた声がアイリーの頭の中に沸き上がってきた。
『分量と焼き加減をご確認ください』
『美味しそうだ。これで頼むよ。 ……パプリカとスムージーを追加して。 パプリカには粗挽きの胡椒を多めに頼むよ』
アイリーの頭の中で落ち着いた声が応えてきた。
『了解しました。アイリー、今日の服を選んでください。現在の天気は晴れ。終日良い天気が続くでしょう。最高気温は21度です』
部屋にはアイリーひとりきり。口も開いていない。誰と、どの様に会話をしているのか?
頭の中に別のイメージが浮かび上がってきた。
コットン生地に光沢のある細いストライプが織り込まれているYシャツ。
スーツの下に着ると大人らしい色気が漂うだろう。
アイリーが頷く。
『了解しました。ただいまお持ちします』
寝室のドアが開いてHKMが入ってきた。
ヒューマノイドハウスキーパーが普及して久しいのに21世紀ころの原始的な人型アンドロイドの様な姿をしている。上半身は人型に近いが細部は大胆に省略されている。下半身は半円球を伏せたような形だ。
人間そっくりのヒューマノイドが部屋にいると人口密度が高くなった様でイヤだというアイリーの性格が購入させたクラシックスタイルのHKMだ。
「おはようございます。シャツをご用意しました」
アイリーの頭の中、映像で浮かび上がってきたものと同じシャツだ。
また少女の声が頭の中に響いた。
『お腹すいたよね! ふんふ~ん…… ふん…… チョコチョコチョ~コ…… いっしょに食べようね!』
歌を歌いかけてみたもののメロディが思いつかなかったのだろう。
中途半端にセリフへと変化した語りかけが頭に浮かんでくる。
思わず笑いをこぼしながらアイリーはカレンダーに目を向けた。
西暦2349年5月2日。月曜日。
エレメンタリストによる殺人事件が発生した3日後にあたる。事件はまだ公になっていない。