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エレメント・アクティビティ  作者: 志島井 水馬
第二部: 第一章 ダークウェブからの宣戦布告
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08‐ 雷撃と打撃

 村を襲撃した部隊からの映像を見守っていたネイルソンとラウラは絶句した。攻撃開始を指示した僅か数十秒後の事だ。



 暗い森の闇の中から不意にアイリーが現れた。手ぶらだ。一体、どんな対策を用意して自分達の前に現れたのか。そんな疑問さえ浮かべる事ができない。



 標的と設定した集落は6ヵ所。そのうち3か所に、同時にアイリーが現れたのだ。展開している画面の中にはまだ通信室から不毛な交渉に固執を見せているアイリーもいる。



「アイリー・スウィートオウスはダミーヒューマノイドを用意していたのか? だが1体で私の部隊を相手にどうするつもりだ?」



 ラウラが疑念を口にする。高次AIのラウラは7つの画面を同時に注視する事ができる。襲撃の開始が同時であった様にアイリーからの反撃も同時であった。



 それはラウラとネイルソンの想像を遥かに超えたものだった。



   ・

   ・

   ・



「さて、この村がどの村なのかは分からないが……」



 今はアイリーと同じ顔、同じ姿でいる水界のエレメンタリスト、ミサキは夜の闇に向かって微かに目を細めた。軽快なドラムロールの様な音が闇の向こうから起こる。自分に向けられている機銃の発砲音だがミサキの表情に緊張はない。



 空間の置き換え能力を防御に転用できるエレメンタリストに物理攻撃は無効だ。弾幕は彼の集中力を妨げる役にすら立たなかった。



 ミサキは麻酔効果のある霧を自分を中心とした2キロ圏内に充満させている。住民が騒ぎで戸外に飛び出してくることはない。そしてその霧は立ち込める範囲内に存在する全ての物質に付着して物体が持つ固有の温度に応じて気化し、その変化から霧が立ち込める範囲内にある物の位置と形状をミサキへと伝えてくる。



「背が低い小型の戦闘ヒューマノイドが40体。市民を襲うにするにはヤリ過ぎの態勢とも言えるが…… そのヒューマノイドが全滅となれば組織が受ける被害総額は酷いものになるな。大赤字だ。ボロ敗けした様子をライブ配信なぞしていたら営業にも差し障りが出るだろうな」



 何か特別な動作を示す事もなく、当然に技の名前を口にする様な事もないままにミサキのアクティビティが発動する。夜の闇に小さな体を溶け込ませながらミサキを包囲しようとする戦闘ヒューマノイド一体一体の、頭上の空間に小さな亀裂が生まれて孔となった。



「軍事組織が資金繰りで銀行に潰されたとオチがついたら大笑いだ」



 亀裂から迸り出たのは雷撃。別空間で氷の結晶を高速で摩擦し、生じたマイナス電荷を標的近くの空間に生み出した孔から放出する。瞬間的にではあるが30000度の熱を伴った70万ボルトの電流を文字通り落雷させる、水界のエレメンタリスト・ミサキの得意とする攻撃だった。



 実際には最大幅1キロ程度の範囲で扇状に展開していた戦闘ヒューマノイド達に40本の落雷が同時に落とされた。大地が震え、森が真昼の様に発光した一瞬の後には通信機能も消失した人型の機械の残骸だけが残されていた。




   ・

   ・

   ・




 アイリーがニナに導かれて転移した最初の村に残ったのはエレメンタリストのシャオホンだった。ミサキは今、アイリーが陸路で移動した次の村に転移している。



「25キロの距離があってもミサキの変装アビリティは有効なまま。へええ。器用になったね」



 今もアイリーの姿のままでいるシャオホンが興味深そうに自分の体を見回す。本来ならばアイリーとは20㎝近い身長差があるはずだがミサキのアビリティを受け入れたシャオホンの身長はアイリーと同じになっていた。



「ミサキめ。つくづく器用になったな。手足のリーチに若干の誤差があるか。でも問題ないね」



 シャオホンがミサキからの救援要請に数十秒という短い時間で応える事ができたのは彼女が暮らす台湾では東フィリピン海洋自治国と時差がなかったから、という点が最も大きい。外出着を着ていた訳ではないが近所なら出歩ける程度の部屋着に着替え、さて今日一日をどう過ごすかと思っていたところに入った要請だった。



 8000人の人質を数分以内に救助するという依頼の内容に緊張や重圧を感じる事はなかった。ハリストスが巻き込まれたトラブルの助勢に彼女の言い値で報酬を出すと言う条件の方に好奇心が湧いたというのがシャオホンの行動理由だった。



「戦闘ヒューマノイドが…… 団子になって隠れてる、だったか?」



 シャオホンが索敵を試みる。ミサキ同様に目視に頼ることはない。炎界のエレメンタリスト・シャオホンは自身のアビリティ有効範囲内の温度分布を頭の中で視覚映像と同じレベルで再現できる訓練を積んでいた。



「……体にも携行する武器にも表面温度偽装の対策が為されていない。間抜けなのか装備が貧乏なのか、どっちだ? ……戦闘ヒューマノイドが40体か」



 アイリーの外見のままでシャオホンが小さくつぶやく。その横に厚みのない正方形の画面の様なものが浮かび上がってきた。微かに発光している。縦横ともに1メートル程度の画面上には円形の光が浮かび上がっている。その数40。



「楽な仕事だ。ミサキに後で飯を奢らせよう。前に一度行った海鮮の店。あそこがいい」



 アイリーの姿のまま、シャオホンが僅かに腰を落とした。軸足に力が入る。両腕の脇が締められ、肘が柔らかく曲げられた。



 しっ、という短い吐息と共にシャオホンが宙に浮かぶ発光画面に向かって連打を放ち始めた。体幹に揺らぎも見せずに背中から肩、腕、手首へと一撃に充分な速度と力を込めながら左右の拳を画面上の円形の光へと叩き込んで行く。その拳は光を突き抜けて一瞬、視界から消失する。



 異変は森の奥に展開していた子供姿の戦闘ヒューマノイドに直接起こった。潜伏する子供たちの顔前数センチのところに突然拳が現れて頭を打ち抜く。後ろからではなく顔面から攻撃を仕掛けたのはシャオホンの趣味、慢心を承知でそのリスクさえ楽しむ余裕を持った趣味だった。拳に撃ち抜かれた頭は一瞬で炎を噴き上げ、殴り倒された全身は連れ去れた様に夜の森から消失した。



 炎界のアクティビティを自分の手足の先に集中させることに特化した異能のエレメンタリスト・シャオホンは標的に密着した空間と自分の間合いの中の空間を直結させて自分はその場から動くことなく周囲を制圧する。記録を見たミサキが“ババァらしい年寄りじみた攻撃”と評してシャオホンに火だるまにさせられた後日談までついたシャオホンの攻撃だった。



 ほんの数秒。銃撃戦も地響きも起きないままにアンファンテリブルの戦闘ヒューマノイド達は壊滅させられた事になる。

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