06‐ アンジェラの助言
子供サイズに作られたタクティカルヘルメットを装着した10歳前後の子供たちが4人編成で10チーム。木造の建築合板で作られた平屋の住居が散在する、寝静まった住宅エリアに焼夷弾が撃ち込まれる。建物よりも遥かに高い火柱が上がり、熱と爆風による即死を免れた者が驚いて外に飛び出してくる。
夜闇に紛れている、身長130㎝前後の子供の姿に気づける者などいない。野戦や市街戦においては子供の様に低い身長と細い体の方が遥かに優位だと知れ渡ったのは戦闘ヒューマノイドが投入されてからの話だ。視認する事が難しく、特に国が育てた正規軍人で構成された部隊との戦闘においては子供の姿であるという事は人間の兵士に対して大きなストレスを強いる効果も確認されている。
銃を持つ子供たちの目が興奮と歓喜に輝いている。
混乱のまま火災から逃れた村人の何人かは子供たちの姿を認めた。なぜ、見知らぬ子どもがここにいるのか。そんな疑問を持つ間もなく子供たちに“早く逃げろ”と避難を促し、手を引いて安全な場所へと連れて行こうとする大人もいた。子供たちが持つ機銃とナイフが善意の大人たちの命を奪ってゆく。
だが殺戮が同時並行するはずの6つの画面のうち、劫火と絶叫が響いているのは3画面だけだった。残りの3画面では散発的な住宅火災が見えるにとどまり、逃げ惑う住民の姿が出てこない。作戦の難度に差異はない。非武装の一般市民が寝静まる住宅地に40人の武装した戦闘ヒューマノイドが襲撃を掛けるのだ。反撃など有り得ない。一体、何が起きているのか。
画面の一つを注視したラウラが驚きの声をあげた。森林地帯を切り開いた小さな村落。土が踏み固められた地面に立っているのは仕立てられたスーツと磨かれた革靴を履いた、この場にはおよそ不似合いな姿の若い男。
「アイリー・スウィートオウス!?」
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風のない夜の森林地帯に重苦しい湿気が立ち込めている。アイリーの意識の中にリッカの声が聞こえてきた。
『現在位置確認完了。間違いなくユカタン半島にいるよ、アイリー。やったね不法密入国!』
月明りがあるきりの夜の森だが感覚向上が発現しているアイリーに闇への恐怖はなかった。海鮮料理の残り香が今も微かに漂うスーツのジャケットと磨き上げられた革靴の爪先を見る。およそ真夜中のジャングルに佇む恰好ではない。アイリーは数分前の会話を思い出していた。
『ニナは以前、本職だった植物学の研究のために保護区を訪れた事があるそうだよ。アイリー。ペク族の指導者がいた村とは違うけれど6つの村の一つに転移する事は可能だって』
2ヶ月前にアイリーと死闘を演じた虐殺のエレメンタリスト・ニナは現在、自分の体をアイリーの脳の一部へと変化させてアイリーの体内で共生している。死闘の際に発現させた殺戮能力の再現こそ試していないがエレメンタリストとしての能力に損失はないとアイリーは聞いていた。
『アイリーが一人で非武装でペク族の村へ転移するんだよ』
『そんな事をしてどうするんですか!?』
ドロシアが驚いてリッカに尋ねた。
『丸腰で襲撃受けて、ピンチになったところをミサキに救出してもらう。ミサキはアイリーのいる場所ならどこであっても転移できる』
『東フィリピン海洋自治国のエレメンタリストが自国に住む者の救助に動く事は二重三重に免罪が適用される、か。なるほどな』
『国王様だよ、アイリー!! 立場は有効に使わなきゃ!!』
嬉々としたリッカの口調にアイリーは苦笑した。ドロシアがリッカに尋ねる。
『……確かにその案ならば1つの村を救援する事が出来ます。でもアイリーさん? リッカさん? 6つの村のうち、1つだけを救う事にアイリーさん自身がそこまでのリスクを背負う意味があるのですか? 人命尊重だけが理由ですか?』
本来は穏健な思想を持ち、柔らかな口調を乱す事もほとんどないドロシアだが生来の人間と高次AIとの間にはやはり大きな違いが存在する。連邦捜査局によって生み出され、合衆国内に限定された社会秩序の維持が自分の存在理由と決めているドロシアにとって国内社会に大きな影響を及ぼさない他国の人間の命は自分自身を危険に晒してまで守る必要のないものと捉えている。
アイリーの視界にもう一つ、通信窓が展開された。ドロシアと同じ顔をしながら髪型とメイクの嗜好が異なる女性型ヒューマノイド。侵蝕部隊のアンジェラだった。
『私はリッカちゃんの提案は有意義だと思うわ。暴力は現実に存在するコミュニケーションツールよ、ドロシア。当たり前に定石も存在する』
アンジェラの助勢を聞いたリッカがアイリーに頬を寄せたままで頷く。アンジェラの言葉は続いた。
『殴ってきた相手にその理由を尋ねるタイミングは殴られた後ではないわ。殴り返して倒れた相手の顔を靴底で踏みつけた後でなければ正しい答えは返ってこない。アンファンテリブルの実力部隊を壊滅させる事は相手の真意を聞き出す最善の手法だと思うわ』
アイリーの心に一瞬だけ暗い影がよぎる。アンジェラの言葉はアイリーの考えを代弁したものではない。抵抗できない者の命が暴力で奪われる事を嫌悪する。そこに国籍や国境の隔たりはない。なぜドロシアもアンジェラもこのシンプルな発想を持てないのか。
感傷に浸る余裕は与えられなかった。感覚向上を発現させたアイリーの耳が夜の森の中で複数の足音を感じ取った。第三資源管理局治安介入部のカイマナイナがアイリーの体に絶対防御のアクティビティを常時発動させている。その前提があったとしても夜闇から聞こえてくる隠した足音はアイリーに緊張を与えた。
『ガキどもの攻撃目標を村から逸らすよ、アイリー!!』




