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エレメント・アクティビティ  作者: 志島井 水馬
第二部: 第一章 ダークウェブからの宣戦布告
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03‐ アンファンテリブル

 軍事組織が脅迫めいた手段で自分にメッセージを送ってきた。アイリーはその事に大きな困惑を覚えた。エレメンタリストからの接触ならば当然に覚悟をしてきたつもりだった。だが軍事組織から狙われる心当たりなど無い。アイリーにはもう一つ疑問があった。



「ミサキ。子供姿の戦闘ヒューマノイドという存在自体、俺は聞いた事がない」



「空を自由に飛び回り、水中でも陸上と同じ様に行動できる戦闘ヒューマノイドは存在しない。人間のボディラインは飛行や潜航に向いていないし、目立つ。人間の姿を真似るメリットがない。だが市街戦で自走型爆弾の運用を考えた場合に子供の姿というのは最適解となる。市街地は人間が動きやすい様に設計されている。子供の体は小さくどこにでも身を隠せる」



 ミサキの説明にアイリーの表情が曇った。人間ならば当然の感覚だろう。誰も警戒心を抱かない様な幼く無垢な子供の姿をとらせて自爆攻撃を仕掛ける。兵器開発の世界に倫理はないのかとアイリーは思った。そのアイリーの表情を見てとったミサキがさらに説明を加えた。



「子供姿の戦闘ヒューマノイドを導入している国はない。映像で戦闘記録が公開された時に非難が集中する事が明白だからな。だが戦果が全ての民間は違う。アンファンテリブルというのは子供姿の戦闘ヒューマノイドの運用に特化した軍事組織だ」



「自爆攻撃をさせるのか? ……子供の姿をしたAIに?」



 アイリーの問いにミサキは首を横に振った。



「自爆攻撃も出来る、という話だ。爆弾1つに人間型の筐体を与えていたら採算がとれない。奴らはもっとやっかいだ。筐体は全てがリモート。中身は百戦錬磨の経験を積み上げた古強者ばかりだ。体格の有利を活かしたあらゆる作戦を展開する」



「暗殺は?」



 イノリがミサキに尋ねた。その表情に恐慌はない。アイリーにとって知人であるという5人のうち、大学時代の友人と叔父という者を除けばイノリにとっても縁のある者のはずだ。職場の部下、まだ婚姻関係にある夫・ライアンの父、そして夫を匿うセーフハウスの管理人。



 大した胆力だ。とミサキは瞠目する。イノリは無感動なタイプの人間ではない。今も引き結んだ唇が微かに、微かに震えている。身をすくませる恐怖を覚えながら意思の力で思考を続けているのだ。余計な心配は無用だ、とミサキは悟った。



「暗殺は得意分野だ。警戒態勢が取れていない市街地での爆破テロなら自爆するまでもなく1チームで市街全域を壊滅させる事も不可能ではないだろうな」



 イノリがアイリーの手に自分の掌を重ねた。強靭な意思に裏打ちされた冷静な思考に停滞はない。だが恐ろしいものは恐ろしいのだ。動揺を鎮める為にイノリはアイリーの体温を求めた。アイリーがイノリの手を強く握る。イノリが大きく深呼吸をした。



「アイリー。一般人にダークウェブの下階層で公開した映像に気づけと言うのは無理な話よ。貴方に脅迫、あるいは警告を与えたいなら直接映像データを送りつければいい。アセノウェブという場所からメッセージを発信した理由は何?」



「ドロシアさん、この映像の再生回数は何回くらいになっている?」



 ミサキが顔をしかめながらドロシアに尋ねた。回答を聞く前から顔をしかめているのは既に答えを予想しているからだろう。



「今現在で累計40万回…… 嘘でしょう? ダークウェブでこんな再生回数は有り得ない」



 答えたドロシアが感想まで口にした。刺激的要素など何もない、ホームビデオとしてもお粗末な映像にこの再生回数は確かに不自然すぎた。公開から2時間しかたっていないのだ。ミサキが苦々しい表情のままでアイリーに告げた。



「アンファンテリブルという組織は子供の姿で戦闘行為を展開し、そのライブ映像を有償で世界の好事家達に公開している。動画配信は自分達の新しいライブの告知だ。これから子供たちが戦争を始めるという宣伝だ。 ……アイリーさん。大量の血が流れる衝突に巻き込まれたぞ。子供たちが言っていたペクペクの森というのは間違いなく、メキシコの少数民族保護地区の事だ。独自の血統と言語が残るペク族が暮らす一帯は森林地帯だ。この数年、民族紛争が起きる寸前の緊張地帯となっている。あんたはそこに呼ばれている」



 ミサキの言葉にアイリーは強い違和感を覚えた。



「民族紛争について俺は何の経験も積んでいない。門外漢だ。あまりにも接点がなさすぎる」



 人類に対して屈折した事情を抱え、虐殺行為に走るエレメンタリスト“アンチクライスト”。その暴走に対する抑止力としてアイリーは“ハリストス”という勢力の中枢に組み込まれた。アイリー自身が望んだ事ではない。様々な経緯があって辿りついている現在だ。民族紛争はエレメンタリストとは全く別次元の問題だ。ドロシアがアイリーの言葉に同意する。



「ペク族が直面している紛争にエレメンタリストが関与している記録はありません。紛争の内容も地域的に限定されたものでオーバーグラウンドの世界に大きな影響を与える内容ではありません。アイリーさんをペク族の居住区に呼び出す理由が分かりません」



 視線を床に落としたままでイノリが口を開いた。



「動画の投稿主はアイリーに自分達に気づけというメッセージを送ってきている。紛争の解決に乗り出すつもりならば、そこにアイリーの存在が必要なら、接触のルートはダークウェブである必要はないわ。彼らはアイリーの情報収集力を試している。そして自分達の実力を誇示しようとしている。紛争が起きる寸前の保護区が選ばれたのは…… どれだけ血が流れても不自然ではないという状況がもう整っているから。それだけの理由だと思うわ」



 イノリの推察にミサキが意見を添える。



「実力部隊の裏にエレメンタリストの存在や思惑があるのかは未確定だ。だが実力部隊というのは発射された後のミサイルと同じ。発砲された後の弾丸と同じだ。姿を見せた以上、破壊活動は確実に行われる」



「メキシコ政府はハリストスに対して国際平和への貢献という名分で義援金を拠出していますが国内活動についての取り決めはまだ為されていません。私達が装備を整えてメキシコ国内で活動できる法的根拠がありません」



 ドロシアが意見を言ったところまで黙考を続けていたアイリーの顔から困惑の色が消えた。



「理由も明かさないまま、俺達が手を出せない場所で殺戮を始めるから止めて見せろと……。 無視すれば俺の知人を殺して回ると……。 そう言ってきている訳か」



「アイリーさん、あんた…… どうして俺がこんな目に遭うんだとは言わないんだな」



 ミサキの問いかけにアイリーは微かに笑って見せた。



「俺の心積もりは関係ない。危険に晒されている命を救える手立てがあるのなら何だってする。事故原因調査官としての俺の生き方だ。イノリ、事故原因調査室、特別調査官としてのルートからペク族の指導者に連絡を入れよう。武力侵攻の情報を得たという警告だ。ハッシュバベルからの連絡を無視する者はいないだろう」

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