02‐ 市民による虐殺
広大な面積を持つ駐車場内は設備外周を囲む壁以外は規則正しく並ぶ柱だけが続く空間だ。何台かの箱型のトラックも駐車している。荷物の上げ下ろしを担う非人間型ロボットも見えた。
それも一瞬。アイリーの目の前で柱が内側から炎を噴き上げて爆発した。アイリーの目は駐車場内にあったトラックとロボット群の全てが同じ様に内側から爆発したのも確認した。
コンクリートの塊と鉄の塊が無秩序に飛び交いあい激突しあう。炎が洪水の濁流に似た動きで屋内の空間を埋め尽くす。天井が崩落してくる。
『コンクリートと金属がそのまま爆薬になったみたいな爆発の仕方だね、アイリー?』
アイリーの視覚を通してだがリッカはアイリーの見たものを1秒間27000フレームで再生分析する。アイリーがリッカの言葉に頷いた。
フロントガラスに向かって飛ばされてきた一抱えもありそうなコンクリート塊が壁に叩きつけられた粉雪の様に散ってゆく。エイミーの能力の発動なのは明らかだった。
「火薬の爆発ではない。ニナは樹界のエレメンタリストと言っていた。他にもう一人エレメンタリストがいるのか?」
アイリーがエイミーに問いかける。エイミーが横眼でアイリーを睨む。顔を向ける手間さえ惜しいと言わんばかりの表情だ。
「わたしが知る訳ないだろう? このトラブルはお前が引き起こしたものだ」
深い意味もない憎まれ口がアイリーの心に刺さる。お前が原因だとアイリーに面と向かって言う者はいなかった。目を伏せたい衝動を抑えてアイリーは眼前の爆発を観察しつづける。
「……こちらに被害はなくとも足止めの効果は高い。 ……これでは車を動かせない」
アイリー達の眼前には崩落した天井、倒壊した柱、無数の鉄塊とコンクリート塊が積み重なっている。左右、後方も同様である事は言うまでもない。車のドアを開ける事ができるかどうか、という所だろう。
エイミーが鼻先で笑った。何の思わせぶりな動作も見せず、目線を投げる事もしないままにアイリー達の車の前方がトンネルの様に何の障害物もない空間に変わる。どんな力が働いているのか、瓦礫の山がトンネル内に落ちてくる事もなかった。
「エレメンタリストが未訪の土地に用がある時、どこに転移するかは相場が決まっている。罠を仕掛けたエレメンタリストがいたとしてもお前の用事に変更がある訳でもない。車を出せ」
エイミーの口調は高圧的だがアイリーはそれを不愉快には思わなかった。自己評価が低い者は他人の口調に頓着がない。用件が伝わればそれでいいと思っている。どちらにしても評価が低いのは自分の方という思い込みがあるからだ。
車がゆっくりと動きだす。トンネルの先に小さな人影が現れた。
伝統文化には係わりのないサブカルチャーを発祥地とした短いハイカラーのチャイナ服とワイドなカンフーパンツを履いた少女。東フィリピン海洋自治国で会った事のある少女がアイリーの目の前に現れた。
次の瞬間にはアイリーの運転する車の目の前に移動してきている。歓喜の表情を浮かべながら両掌を揃えて車の前部へと突き出した。
光が走り、車が後ろへと弾き飛ばされる。物理攻撃無効の空間ごと押し返された。助手席でエイミーが片眉をあげた。
「ヴァーニラのシャオホン……。 あんたの敵側についたみたいだな」
見知った道で、これも見慣れた案内標識を読み上げるような口調だ。アイリーが返事をする間もなくシャオホンが車の横に現れて廻し蹴りを入れてくる。その爪先に炎がついて回る。車が数メートルも横に弾き飛ばされた。障害物となる瓦礫が次々に霧散してゆく。
シャオホンとアイリーの視線が交わった。シャオホンは自分の意志でアイリーを標的と見定めて攻撃してきている。そう確信するに足る瞳がアイリーを捉え続けている。
『アイリーさん!! ドロシアです!! 市内で混乱が起き始めました』
アイリーの頭の中にドロシアの声が届く。リッカがアイリーの視界内に送られてきた映像を展開する。
全身を薄緑色に発光させた市民が未発症の市民を襲っている。撲殺や捕食など戦慄すべき暴力を伴ったものではない。相手に触れる事で発症者の発光が抑えられ、未発症の者は感染して全身が発光を始める。
誰も捕まえる事の出来なかった者が激しい光を発しながら膝をついて倒れ白骨体となる。それは市民の自発的で自己防衛的な虐殺行為だった。




