09‐ ハッシュバベルへの攻撃
「……ブリトニーはレールガンを装備していたな」
アイリーの呟きにリッカが両手の拳をにぎって頷く。ドロシアが青くなる。この状況で特定の兵器の話題を出す理由は、攻撃を検討しているからに他ならない。ドロシアが青くなったのは今アイリーの頭の中に浮かぶ相手がニナではないと気づいたからだ。
「第三資源管理局がハッキング程度でこっちの言葉に耳を傾けるとは思わない。こちらの話も聞かずに反撃に出るだろう」
「連邦捜査局の装備ですよ!? アイリーさん!! 発射には許可が要ります!」
「シン・アラモは100万都市だ。今、阻止に動かなければ…… 間違いなく24時間以内に虐殺が始まる」
どこに撃つつもりだ? と敢えて尋ねるエドワードにドロシアが絶叫した。全員クビですよ!? 自我解体処分間違いないですよ? と訴える。
「アイリー。俺たちの部隊を大規模災害対策チームに組み込んだと宣言した上で指揮権を主張してくれ。撃つのがハッシュバベル本部、第三資源管理局の本部該当階ならボクが発射を承諾しよう」
『アイリー? テレサが‟昔のよしみに話を通すから発射を2,3分待って”だって』
ドロシアが頭を抱え込む。どいつもこいつも発射を前提に連絡さえ取りあい始めている。相手は絶対中立の国際組織、そして軍事力でみれば合衆国統合軍さえ歯牙にもかけない、統治せぬ君臨者だ。さらにアイリーにとっては自分を護る立場の組織だ。
『2,3分……。 相手はエレメンタリストだろうな……。 リッカ、テレサに‟ヴァーニラの支持なら待つ”と伝えてくれ。 ……ドロシア? 第三資源管理局とハッシュバベルは同根ではあるが同一ではない。テレサと‟知りたがり”が後見に立つなら孤立するのは向こうだ』
これ以上の沈黙は第一資源管理局の中枢に存在する高次AI・テレサと第二資源管理局の中枢に座している‟知りたがり”の後見宣言を無視する事になる。
アイリーはそうドロシアに説明した。その表情に力を得た喜びや興奮はない。まだ初手にも至らない準備段階という事なのだろう。アンジェラがクラリッサに呟いた。
『ハッシュバベルの廊下で初めてリッカ達と合った時、アイリーは国家を転覆する力を持つから危険だと判断した私の予感は正しかったわね。こんな形で予感が当たるとは思わなかったけど』
『リッカはあの時、あいつの解体を相談していたあたし達に対して‟出来もしない話でワイワイ盛り上がって、こいつらヒマだなーと思った”と言っていたよ。やれやれだよな』
アンジェラとクラリッサの会話を聞いてリッカが笑う。ごめんて。とウィンクまでしそうな笑い方だった。だが会話には加わらずにアイリーへの伝言を優先する。
『アイリー? 非政府組織ヴァーニラは前のアンチクライストが出現した時に膺懲戦に4名を出している。アンチクライスト出現阻止に第三資源管理局が協力しないならヴァーニラは局の方針に関わりなく全面的にアイリーに味方するって宣言がね…… あ、今でた。ハッシュバベル全局が知った』
「ブリトニー。第三資源管理局はハッシュバベル本局の300階から350階だ。相応の防御も出来ているだろうしビルそのものにも倒壊防止システムは充分働いているだろう。撃ってくれ」
『私はスタリオンのフォースだ、アイリー。スタリオンからの指示を頼む』
この場にはいないブリトニーから思考通信が入る。エドワードが指示を出したのだろう、屋外のかなり距離があるであろう方角から建物を外壁ごと揺らす爆発音が響いた。火薬によるものではない。初速が音速を突破した弾丸の衝撃波だ。
音速の8倍で射出される、僅か500gの弾丸を目視できる者などいない。誰の目にも留まることなくビル破壊の威嚇射撃は実行された。
ハッシュバベルの上層階に巨大な光の円盤が浮き上がる。着弾による破壊のエネルギーが変換された光だろう。ビル自体は無傷のまま、弾道を追ってきた衝撃波に由来する轟音だけが空中から地上へと言葉通りに轟き渡った。
『リッカ、第三資源管理局のモニターを書き換える。5分以内に護衛を寄越さなければ全ての電力を消失させると伝えろ』
アイリーの眼前の空間に光が漏れだす。
「転移するわ。近くにいる人はどいて?」
言葉と共に苦笑を浮かべたカイマナイナと一切の表情を押し殺したエイミーが現れた。
「斬新なお願いの仕方を叱ろうと思ってきたのだけれど、その顔を見たら気が変わったわ。いい男になったわね、アイリー。とっても素敵な顔つきよ」
カイマナイナの背後でエイミーが鞘から白刃を引き抜くのが見えた。




