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エレメント・アクティビティ  作者: 志島井 水馬
第九章 アンチクライスト
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09‐ 反撃(1)

 イノリの消失を目撃したエドワードは、アイリーが目を開けたまま失神してしまったのかと疑った。アイリーが何の反応も示さなかったからだ。



彼を慕った事が理由で見せしめの様に殺されたジューリア。無抵抗な状態で拉致されて人の形を為さぬ姿で送り付けられたライアン。そして目の前で起きたイノリへの傷害と拉致だ。彼女の命については絶望的だろう。遺された片手首は遺品だ。



 アイリーの精神が耐えきれるものではない。エドワードは今後の展開を予想する。暗澹たる気持ちを堪えながらアイリーを介抱するために立ち上がりかけた。



 エドワードの動きを制止したのはリッカだった。その声は落ち着きと興奮の両方が織り交ざっている。



『今、アイリーは高速で思考を回転させている。ちょっと待って。今のアイリーに話しかけないで。 ……ニナはこっちの想像以下の馬鹿だった。馬鹿が馬脚を現した』



 リッカが何を言っているのか分からない。アイリーは硬直したままではないか。



『事故原因調査官がどれだけ自分の死に慣れているのか、ニナは分かっていない。調査官同士の信頼関係がどれだけ深いかもまるで分かってない。イノリはちゃんと、この流れを予想してアイリーに伝言を伝えた。恐怖はコントロールできるから……。 アイリーのことを信じられるから……。 その言葉を理解できないアイリーじゃない』



 リッカの顔が興奮で紅潮した。嗜虐の喜びではない。小さな子供がハラハラしながら視聴していた特撮ドラマで待ち望んだヒーローの変身シーンを迎えた様な表情だった。



『わたしのアイリーは‟天才を凌駕した特別調査官”なんだぜ?』



「…クラリッサ」



 アイリーが最初に呼びかけたのはクラリッサの名だった。アイリーと最も接点が多かったからこその信頼関係だろう。自分の両手で遺されたイノリの片手を包み、クラリッサに手渡した。



「移植再生手術に耐えられる水準で保管しておいてくれ。おそらく数時間で取り戻せるはずだ。可能ならパターソン病院に詰めているマリアに手術の準備を依頼しておいてくれ」



「いや、アイリー……? 気持ちは分かるけど……」



 言い淀むクラリッサをアイリーが正視した。その変貌ぶりにクラリッサが目をみはる。

心優しい反面、気が弱く相手に不都合や手間を掛ける様な依頼事の一切を口に出せない性格の脆さが微塵も感じられなくなっている。



「ニナは今の俺ではハリストスには力不足だと断言した。ニナの考える完成形には程遠いのだろう。この段階でライアンとイノリの命を奪う事は俺に対する切り札を放棄する事になる。実際にライアンは生きている。イノリの手も発症を起こしていない。これは脅しだ」



 リッカはアイリーの思考と同調し彼の考えを注視しつづけている。今、アイリーが行っているのはイノリが消失した時の記憶の再生だった。何度も何度も繰り返す。怒りを新鮮なものにする、などの感情コントロールの為ではない。



 起こって当然のはずなのに起こらなかった事、起こるはずもないのに起こった事、事象の不自然を洗い出しているのだ。そこに生還への道筋が隠されている事を、調査官のアイリーは熟知している。



「エドワード・スタリオン。貴方の部隊の力をお借りしたい。次の虐殺はこの直後に発生する。これを最後としたい」



「無論だ。今さら確認してもらうまでもない」



『言ったね? エドワード言ったね? アイリーは次の虐殺阻止の為なら信じられないことも躊躇いなくやるし、協力を約束したエドワード達にも要請してくるよ?』



 リッカの弾んだ声にエドワードは安堵する。見栄ややせ我慢で取っている行動ではないようだ、と感じたからだ。



「アンジェラ。 ニナの現在の潜伏地はシン・アラモシティのままか?」



 アイリーがニナに渡したジャケットに仕込まれたGPS発信機はシン・アラモの位置を送ってきている。アンジェラがアイリーの問いかけにイエスと答えた。



『リッカ。大規模災害対策チームの編成を強行したい。第二資源管理局に協力してくれそうなリッカの知り合いはいるな?』



『‟知りたがり”は派手好きだよ』



 リッカの返答は思考回線でエドワード達にも共有される。その名を聞いてエドワード達が絶句する。 それはナビゲーターAI達が最後に眠る巨大ストレージ、ナビゲーターAI達がパートナーの記憶を持ち帰る場所、リビングセメタリーの管理AIの名だった。一般のナビゲーターAIが個別に問いかけて答える存在ではない。



 だがリッカは同じ立場にいるテレサとも親交のあるナビゲーターだった。信用せざるを得ない。



『チーム編成を宣言する。後見の言質を取ってくれ。その上で第三資源管理局に護衛を2名要請しろ。カイマナイナとエイミーだ』



『……うん ……うん。第三資源管理局からは拒絶されたよ』



 アイリーの口元が上がる。想定していたのだろう。



『想定通りだ。リッカ。第三資源管理局の外部との通信環境を全て乗っ取れ。局内のモニターすべてをハックしろ』



 出来るか?とは聞かない。やってください、とも頼まない。リッカが小躍りして喜んだ。聞いているエドワード達の顔が青白くなる。



『モニターに宣戦布告出すんでしょ?なんて書くの?』



『この先、紙と鉛筆、固定電話だけで仕事をする環境を受け入れるか? ハリストスへ力を差し出すか? 5分以内に選べ。心弱き民ども』



 アイリーの顔に興奮の色はまったくない。自分の力を他者に示すカタルシスは微塵も感じていない。リッカがこれほどに喜ぶ様子を見せる理由がエドワード達にも伝わってきた。



 事故原因特別調査官は日頃からほんの数分の間に発生した、絶望的な抗えぬ死の奔流の中から生き残る一瞬のチャンスを見出し、生還を果たし続ける者達だ。本来、生きている人間相手には決して見せない調査官達の本気。それを刺激した方が悪いのだ。

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