01‐ 小紅(シャオホン)
「ハッシュバベルの事故原因調査官、アイリー・スウィートオウスと言います。この国を襲ったエレメンタリストにハリストスと呼ばれ巻き込まれている」
紅焔と名乗った少女、小紅が小さな顔の中で片眉をあげた。呼び名の小、というのは古い習慣で「紅ちゃん」という呼び名に相当するらしい、とリッカがアイリーに教える。紅焔が本名でシャオホンは周囲の者がつける呼び名という事らしい。
「ハリストス? アンチクライストが現れたの?」
「現れた? 貴女はアンチクライストの存在を知っているのですか? この国を襲撃したエレメンタリストが……」
「アレはアンチクライストじゃないよ? 有り得ない」
シャオホンがアイリーに近づいてその顔を覗き込んだ。
「あなた、カイマナイナの働きバチになってるね? あのブタがあなたを飼い始めたのなら、あなたがハリストスっていうのは間違ってないかもしれない。 え? 話がみえない」
シャオホンが母子を抱きしめて号泣しているミサキの後ろ上方へと瞬間移動してそのまま全体重をのせた右拳をミサキの後頭部に叩き込んだ
「話がみえない! 報告がないとこうなるっ!! 説明しろ役立たず!」
『…ひどい言いようだ……』
アイリーの感想にリッカが隣に現れた。
『そう? めっちゃ優しいと思うよ? 大勢の目の前で、記録に残る形で、部外者の自分が勝手に街区に現れて、勝手に住民を保護していた。エレメンタリストのミサキは住民の保護に全く役に立たなかった。そう宣言しているんだよ? 他の街区で犠牲になった人の遺族を納得させるための儀式に見えるけど?』
むう……。 とアイリーが内心唸った。
『リッカの判断力に何度も救われている』
『冷静な時のアイリーなら同じ判断をするよ? まあ、わたしに感謝するのは構わないよ?』
およそ30分後。アイリーは招かれてミサキの家のダイニングに座っている。目の前には温かなスープとパンがある。ミサキはダイニングで子供を抱いている。まだ幼い子供だ。奥さんの連れ子だけれど我が子としか思えないとミサキは紹介した。
「自分の素性を知る者の周辺には! 拉致誘拐のリスクを考えて据え置き型の自動保護能力を発動させておけと! 私は言っていたよねえ!? 私は怒っているよ!?」
シャオホンの追及はアイリーのエレメンタリストに対する知識を凄まじい勢いで補完していく。
「アイリーさんね? この国を襲ったのはエレメンタリスト、それは理解した。 でもそれはアンチクライストではない。理由は私に何の連絡もないからだ」
独善的な理由にアイリーが一瞬閉口するがシャオホンが続けて言った言葉はアイリーの認識を大きく変えた。
「私は前のアンチクライスト“国滅ぼしの復讐者”が出現した時に編成された膺懲隊の生き残りだ。戦闘能力に特化したエレメンタリスト20名が選抜された。私も含めてまだ存命している者もいるはずだ。アンチクライストがまた出現したのなら招集がかからないはずがない」
「俺は初耳だぞシャオホン!?」
ミサキが驚きの声をあげるがシャオホンの表情を見て一瞬で口をつぐむ。自分のおやつに手を出された猫が見せる様な激怒の威嚇がシャオホンの顔に浮かんだからだ。
「お前は生まれてもいなかった!! 雑魚が横から口を挿むな!!」
ミサキの顔が炎に包まれる。当然にミサキが両手で顔を掻きむしるが出火点さえ分からない炎をどうする事も出来ない。
「紅焔ねえさん、炎は子供の教育に悪いわ」
ミサキの妻が空いたスープ皿を下げながら窘める様に言った。シャオホンが表情を穏やかに改めてミサキの妻に詫びる。
「ごめんて。燃焼温度は45度に設定してる教育用の焔だから臭い匂いは出ないよ?」
それでも焔を消してシャオホンがアイリーに向き直った。ミサキの事は完全に無視している。
「アイリーさん、アンチクライストっていうのはワガママなエレメンタリストが箔つけに名乗る名前じゃないよ。エレメンタリスト対人類の代理戦争につけられる作戦名だ」




