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エレメント・アクティビティ  作者: 志島井 水馬
第八章 激突
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12‐ ミサキの帰宅

 セントタラゴナ市の庁舎前でアイリーは呆然と食事をしている。テイクアウトのフライドチキンとハンバーガーだ。エントランス近くの植え込み前に観光客向けにベンチが並んでいる。そこに腰を掛けて食事をしている。



『フライドチキン、しょっぱいね』



『……味が分からなくなってる。ごめんな、リッカ』



『よく噛んで飲み込めたら、今は上出来だよ』



 リッカの励ましにアイリーは頷いて答える。テイクアウトは庁舎の中で営業中だった店で購入した。アンドロイド達は通常通りに働いている。休業の指示がどこからも出されていないからだろう。



 シェフハットを被った赤い蜜蜂のキャラクターがトレードマークの店だ。多分、平常心の時に食べたらすごく美味しいんだろうな。とアイリーはぼんやりと考える。



 目の前に見えるのは市庁舎正面に直結する大通り。車道を埋め尽くしているのは服を着たまま倒れ伏している数千の白骨遺体だ。港と市街地を繋ぐ通りを車両で封鎖し、徒歩で避難を試みた最中にニナの能力発動に遭遇したのだろう。



 生存者がいない事は確認されている。ニナは立ち去った後だ。その事実と、この街での汚染は解除されたのかという問いは別問題だ。能力はまだ有効かもしれない。空間そのものに、残された遺体に、まだ感染能力が残っていたら二次被害が発生する。



 そのリスクを考えて街は封鎖されている。アンドロイドやヒューマノイドに影響はなかった。だが体が汚染されているかどうかは確認の仕様がない。市内の屋内に留まる様に指示が出されている。



 結果、アイリーの目前に広がったのが全てが停止して静寂が拡がる遺体だけの街だった。



「市庁舎にある都市管理AIと情報連結して被害に関する情報を取得、解析するよ」



 本来が情報戦・電子戦に特化した能力を持つクラリッサは自分専用の筐体でアイリーの護衛についてきた。ドロシアとアンジェラが専用回線で解析支援もするという。



 ニナが新しく得た能力を把握するためにも、クラリッサが封鎖されている街を放置して帰国する事は出来なかった。

 


 アイリーの横で味覚を同調させながら一緒に食事をとるリッカにしてもマルチタスクで被害の発生状況記録を取得し解析を進めている。



「情報取得と大まかな解析にはざっと2時間かかる。今のうちに飯を食っときなアイリー」



 クラリッサの助言は適切だった。まだアイリーの手に日常は戻ってきていない。食事は生き残る為の必須行為だった。



 ミサキがアイリーの横で似た表情でバーガーを頬張っている。彼にとっては自分が住む街だ。アイリーは掛ける言葉を見つけられずにいる。



「……俺の家がある街区にまだ何らかの能力が発動している。転移できない。確かめたいのだが…… ここから徒歩で数分のところだ」



 長い時間の逡巡を重ねてミサキがアイリーにそう声を掛けた。手持ちの時間はある。クラリッサに尋ねるとミサキの住所がある街区は通信回線も遮断されていて現状が確認できないという。



「ニナ以上の脅威はないだろうし、ミサキと一緒ならむしろ情報取得は必須事項になる。頼むわ」



 クラリッサの許可もあった。ミサキに先導されてアイリーは歩き出した。車両を使わないのは道路を埋め尽くした白骨遺体を避けて車が通れる道がないからだ。



「……。 誰が発動している能力なのかさえ探知できない。かなり力のある者が残していったモノだろう……。 そう予測している」



 罠、と言わずモノ、と表現したところにミサキの願いが込められている。現実は理解している。せめて苦痛なく眠る様に亡くなっていて欲しい。そして誰にもその死を踏みにじられたりせずに、そのままの姿で自分の帰りを待っていて欲しい。



 ミサキの願いをアイリーは見守る事しか出来ない。無言のまま歩みを進める。幾つかの角を曲がる。異様な街区がアイリーの視界に入った。その街区だけアスファルトの地面が、通りに面した芝生が、レンガを敷き詰めた歩道が、ほの紅く発光している。



 ミサキが愕然と立ち止まったのと、小さな人影が不意にミサキの顔の高さに出現したのはほぼ同時だった。



 小さな体を回転させて滞空したまま廻し蹴りに足の甲でミサキの顔を痛打する。どんな力が働いたのか、ミサキの体が首を支点に後ろ向きに一回転して後方へと吹き飛んだ。



「報告がないっ! 帰りが遅いっ!! 土下座して詫びろクソ役立たずがっ!!」



 驚くアイリーの眼前で小さな人影が消失する。同じ視界の中、さすがに態勢を整えて着地したミサキの眼前に再び突然現れる。ミサキが驚きの声を上げる。



「シャオホン(小紅)!?」



「私をシャオと呼ぶんじゃねえっ!!」



 小さな人影が全身をバネにして大柄なミサキの腹を下から殴る。殴った軌跡に炎がついて回る。ミサキの体が平屋作りの家の屋根の高さほどに浮き上がった。



「お前を心配している奥さんに土下座して泣いて詫びろ!! 役立たずっ!!」



 三度、空中に浮かぶミサキのさらに上に現れた人影が踵落としにミサキの後頭部を蹴り下ろす。ミサキが顔から地面に激突した。流石に激痛を感じたのだろう。地面に伸びたまま起き上がれない。



 その脇に降り立ったのは年のころでいえば17,8位の少女だ。体はかなり小さい。身長は150㎝前後だろう。頭も同じように小さいので低身長が愛らしくすら見える。赤みが勝った黒髪のショートボブに赤い縁のメガネをかけている。



 腕組みをしながらミサキを見下ろして宣言した。



「あんたのファミリーが暮らす街区は私が守っておいた! 状況報告がないっ!! 私は怒っているよミサキっ!!」



 紅く発光する範囲の中で護られていたのか、沢山の家族が道路に出てミサキを見ている。衆目集まる中でミサキは少女に叩きのめされた事になる。



 怒りの感情など微塵もなく、ただ驚きのままに顔を上げたミサキが街区の中で生きている住民たちを認めた。その中に小さな子供を抱いた母親の姿をみつける。ミサキが咆哮をあげた。走り出す。



「で、初めて会うわね? 初めましてね? 私は非政府組織ヴァーニラというところで行方不明になっているエレメンタリスト探しをやっているエレメンタリスト、紅焔です。あなたは?」

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