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エレメント・アクティビティ  作者: 志島井 水馬
第八章 激突
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11‐ アイリーの反撃(4)

 そしてニナの体に変化が起きる。アイリー達の周囲に展開していた6体のニナの体が日に干された切り花の様に萎れ、アイリーに掴まれたままのニナの左腕だけが太さを増し始めた。



 クラリッサの押さえつける力とニナの腕の太さを増す圧力の間でアイリーの指骨が軋み始める。



『限界だ。アイリーの怪我はすぐに治らない。解放するよ』



 クラリッサが手を放す。ニナがアイリーの手を容易く振りほどいて大きく飛びのいた。

その左腕は自分の胴の半分ほどの大きさにまで膨れ上がっている。その中にはみっしりと筋肉の束が詰まっている。その太い腕でさらけ出されている胸と腰をアイリーから隠す。



 ニナが細いままの右手で乱暴に自分の口を拭う。何度も。



「俺の失策だった。アイリーさん、あんたの力を予想できていたら……。 少なくとももう少し早く復活できていたら……。 あんたとあの襲撃者の体をベルトか何かで拘束できた。襲撃者の捕縛が可能だった」



 アイリーの背後からミサキの声がした。気にはなるがニナから視線を外す事は出来ない。復活したのだと分かっただけで充分だった。



 ニナは沈黙している。アイリー達も呼びかける言葉を思いつけずに数舜の経過を許してしまう。



「……4日よ? ……。 私が貴方を見出してから……。 たった4日で夫の名に辿りつける貴方が……。 なぜもっと早く私を見つけられなかった?」



 ニナの言葉の意味は分からない。だがニナの心にあるのはアイリーへの非難ではなく悲嘆と、その感情を大きく上回る自責だった。自分を責めている者の声音はアイリーの心の奥までよく届く。



「すでに非礼を詫びる間柄じゃない。 ……だがニナ? 俺に何を求めている?」



 アイリーの問いかけをニナは哄笑で答えた。誰をあざ笑っているのかをアイリーは正確に理解する。



「ガルシア総司令。 アイリーを私の所へと連れてきた。約束通り、この国の全権を貴方に譲るわ」



「ふざけるなよ? 襲撃者」



「ふざけていないわ。約束を守っただけ。そして今日の出来事は…… この国の内紛と中興の歴史となる。おめでとう、新しい元首。良い国になる様に祈っているわ」



 ニナの言葉を聞きながらアイリーは一言も発しない。迷彩を発動させたままのクラリッサがミサキに近づき小さな小さな声で耳打ちをした。



「アイリーからの伝言を伝えるよ……。 あのブスは次の攻撃に備えて本体をもう地下茎に移していると予想できる。地下茎ごと地中の一定範囲を凍り付かせる事は可能?」



 ミサキは答えない。返答の時間すら削って能力を発動する。ニナの顔に一瞬の驚きが浮かび上がった。



「地下が凍り付いた……。 発想は悪くなかったわ、ガルシア総司令……。 でも貴方の能力はもう私には届かない」



 エレメンタリストの能力の測り方をアイリーは知らない。だが個人同士を評価した時にニナはミサキの力を既に大きく上回ってしまったのだろう。



 今のニナはアイリーではなくミサキを見ている。表情は消している。



「……。 自分の非力を呪いなさい、ガルシア総司令。繰り返しになるけれど再び良い国へと発展する事を祈っているわ」



「お前にその資格はない」



 ミサキの言葉は短い。言葉を尽くさぬ事が言葉に重みを与えている。その重みをアイリーは理解できる。多くの遺族の声を聞いてきた過去がアイリーにはある。ニナはどうだろうか。



 ニナが薄く笑った。誰を笑っているのか。



「ガルシア総司令。貴方には私を憎む資格があるわ。でもハリストスとなる資格を持っていない。私がその不運を運んできたのだから私を呪っても構わないわ……。 でも今は邪魔をしないでね。貴方の力はもう私には届かない」



 ニナがアイリーへと向きなおる。



「また逢いましょう。次の街で。死骸の山の頂きの上で。次の街が最後の再会になるかどうかは貴方次第……」



 アイリーの意識にイノリの声が届いた。



「ニナ……。 一つ訊きたい。あなたは月の光を憎む者か?」



 ニナの顔が歪んだ。問いを発したアイリー自身にその問いの意味は教えられていない。イノリがそう尋ねろと言ってきたのだ。アイリーはただニナの表情を見つめ続けている。



「私の力が月に届くのなら二つに割いてしまいたい程に憎いわ、ハリストス。そして今は貴方自身にも憎しみを覚えているわ……。 アイリー。貴方がもっと早く私を見つけていれば」



 ニナが笑った。笑顔が歪み哄笑へと変わる。誰を笑っているのかが理解できるアイリーの心に痛みが走る。何故、自分の兄と大事な女性の命を危険にさらす女に心痛を覚えるのかは分からない。



 アイリーが自分の体のサイズに合わない上着を脱いで、裸のままでいるニナへと投げた。



「こんな事をする義理はない。貴女にかける情は一欠けらもない。……。俺が見たくないだけだ……。 着てくれ」



 ニナが足元へと落ちた上着を拾い上げて片袖を通した。右腕は袖を通す事が出来ない。だがアイリーでさえオーバーサイズの上着は女性のニナの腰元まで隠した。



「こんなやり取りをしたくはなかったわ。アイリー。でももう引き返す事はできない。次の街で会いましょう」



 ニナの姿が掻き消える。



 クラリッサの肉声が聞こえた。ミサキにも聞かせるためだろう。



「アイリー!! あんたスゴいな! 女たらしだな!! あの上着にGPSと盗聴器が仕込まれているのにいつ気が付いた!?」



「えっ!? そんなのついていたの?」



「えっ!?」



 クラリッサの絶句が聞こえた。顔は見えない。

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