06‐ 樹界のエレメント・アクティビティ
ミサキがアイリーを伴って建物玄関まで車両を出迎えに行く。背後に護衛は伴っていない。完全な降伏状態での出迎え方だった。
アイリー達と充分な距離をとって高級車両が停車する。すぐ後ろには装甲車両も追従してきていた。装甲車両から機関銃を構えた兵士が4名現れて高級車両の前に横一列に並ぶ。護衛の為だ。
今は素顔を晒したままのニナが高級車から悠然と現れた。護衛兵ごしにミサキを一瞥した後にアイリーへと向かい合う。
「アイリー? 私の事がわかる?」
「ニナ・バランシアゼ。兄は無事だろうな?」
ニナが笑って護衛兵達に合図を送った。機関銃の一斉掃射が始まる。ミサキとアイリーの背後で流れ弾が建物玄関を破壊し尽くす。掃射は数秒で終わった。
4人の護衛兵もまた銃で撃たれて死亡した為だ。
ミサキは無傷。一瞬顔色をなくしはしたがアイリーも無傷だ。アイリーは自分の両肩に微かな重みを感じた。今まで気が付かなかったが感覚向上が起こった今なら容易く見分けがつく。
細い腕が二本、アイリーの背後から両肩越しに伸びてきている。その腕の先には銃が握られている。
『いやあ……。 護衛対象をガチの盾に使うなんて初めての経験だけど楽しいもんだな!』
『!? クラリッサ? ついてきたのか?』
『6時間以内にケリをつけてくれよな? アイリー』
クラリッサの声を頼もしく聞きながらアイリーは目の前のニナに注目し続ける。ニナの顔にも満足そうな笑顔が広がった。
「物理攻撃も空間の置き換え能力も効かない……。 ようやく本人が現れた様ね。そして総司令がエレメンタリストだったというのも意外だったわ」
「家族はセントタラゴナに住んでいる」
ミサキの言葉は短かった。ニナの顔から表情が消える。消え失せる瞬間に陰った表情をアイリーは一つも見逃さなかった。
驚愕。 悔恨。 自責。 自己嫌悪。 悲嘆。 そして…… 自分への嘲笑。
「そう。 だから?」
異変は突然だった。ミサキとニナの間にある空間で何か所も光が漏れだす亀裂が生まれ、軋む音を立てながら消滅していく。
ニナの背後に停車する装甲車両と高級車が鮮やかな断面を見せながら縦横に切り刻まれて鉄屑となる。舗装された地が割ける。
アイリーが立つ場所も無傷ではなかった。アイリーを中心とした半径1メートルほどの空間だけが無傷。その周辺のアスファルトはもはや破砕された砂利の様になっている。
『こっ…怖わっ!!』
クラリッサの声は恐怖を楽しんでいる。安全圏を見極めアイリーの背に密着しながら難を逃れているのだろう。アイリーはニナの被害を探ろうとしている。
ニナの立つ位置もまたミサキの攻撃が無効とされている様だ。その周辺一体が重機で彫り返された様に荒れ果てているのもこちら側と同じだ。
その表情には焦りも恐怖も見られない。まだ互いの力は拮抗しているのだろう。
アイリーは不意に息苦しさを感じた。大きく呼吸を繰り返すが心臓に強い痛みを覚える。ニナの声が聞こえてきた。
「樹界のエレメンタリストは大気の組成を組み替える力を持っているのよ、アイリー。酸素濃度が下がる事は攻撃の無効化では阻止できない。貴方は生き残れるかしら?」




