16‐ 新しい能力の発動
セントタラゴナの中心部へと続く大通りは既に封鎖されていた。近場にあった車両を搔き集めたのだろう、装甲車だけでなく大型バスや輸送トラックなども集まり車の間を人が通る事もできないほどの間隔で大通りを埋め尽くしている。
自律走行AIが搭載されているからこその密集駐車だった。
「……健気ねえ」
堪えきれずにニナが笑い出した。虐殺のエレメンタリストに対して車で通せんぼをする事でどんな効果が期待できるというのだろう?
「……ああ。 人間が避難する時間稼ぎね?」
ニナは目を閉じた。体の中に生まれてくる感覚に意識を集中させる。ほんの数分前に受けた攻撃の後、体の中の感覚に明らかな違いが生まれた事を感じ取っていた。
「死の体験もしてみるものなのね」
ニナはゆっくりと目を見開いた。
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遠く離れた地にある軍司令部からセントタラゴナの無事を祈りながら監視を続けていた海洋自治国の要人たちが注視していた監視映像を見て絶句する。
ニナの体を中心に薄緑色に輝く円環が拡がる。凄まじい速度で拡大する。最大直径は15kmを記録した。最大直径に至るまでの時間は3秒。
光の円環は車両も建物も透過して拡大を続けた後に一瞬で消えた。
円環が通過した後に残されたのは服を着たまま、その瞬間に取っていた姿勢から崩れ落ちた白骨遺体。
地下にいる者もビルの高層階にいた者も区別はなかった。感染も発症もない、薄緑色の光が透過するだけで居合わせた生物は全て腐食し、分解され、揮発し、白骨を残すのみとなって消え果た。
無人となった街をニナがゆっくりと歩く姿だけが記録される。彼女が進もうとする先にある車両は切り取られた様に消失しつづけている。
監視カメラを見つめる残存政府の要人達の間に沈黙と絶望だけが拡がっていった。
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無人となった市街地でニナは自律型AIが運行するタクシーを拾った。
事故を避けるための状況判断に関しては万全だが社会状況の変化や目の前で起きている運行に直接かかわりのない事件への判断は全くできない、自我を持たないグレーターワイズマンクラスAIのタクシーだ。
招かれた後部座席に乗り込んでニナは中心街で最も設備が整っているホテルを行き先に指定した。名前は知らない。条件だけの指定でニナの希望を汲み取ったタクシーが走り出す。
後部座席でニナはゆっくりと目を閉じた。記憶を探るような、まどろむ様な表情を浮かべる。
「……。 ああ……。 もう私の本名に辿りついたのね? ハリストス……。 私の論文を読んでくれるかしら? 私にとって掛け替えのない宝よ。大事に読んで欲しいわ」
目を開けたニナが微笑んで呟く。
「すべての答えはそこに書いてあるわよ? ハリストス」




