08‐ ドロシアからの報告
室内に入ってきたのはエドワードとドロシアだった。
「実際にお会いするのは初めてになりますねアイリーさん」
最初にそう話しかけてきたドロシアに会釈を返してアイリーはエドワードへと声をかけた。
「お二人で俺を訪ねてくれたという事は俺はまだ皆さんの助力を受ける事ができるという事ですね? 心強い限りです。感謝します」
「…驚いたな。ボクはキミに罵倒される覚悟でここに来たんだが。ミスター…」
「アイリーで構いません。俺が皆さんを罵倒する理由が?」
「アイリーさん。貴方が怒りや失望を収めて下さったとしても私達の力不足は事実です。とても心苦しく思っています」
ドロシアが頭をさげる。
アイリーは黙って目を伏せた。怒り? 特に感じない。仕方がないじゃないか。と思う。あんな規格外の能力を前にどう対抗しろというのか。
「俺もイノリも。おそらくは兄もまだ生きています。そして対抗する意志もある。助力をお願いしたいのは俺の方です。エドワードが一人で俺を訪ねてきたとしたら撤退の通告と判断するところでした」
エドワードが気恥ずかし気な表情を浮かべて首を左右にふった。
「君の冷静さに驚かされる。君の兄ライアンは磊々落々とした男だったが君の豪胆さの方がボクには心強い。君の存在に感謝しているよ」
『…リッカさん? ライライラクラクってなんですか?』
『ピンチの時に頼りになるって言いたいんだと思うよ。ライアンは重くてデカくて動かせない、アイリーは地中に杭が打たれて動かせない。そんな違いって解釈でいいと思うよ』
『褒められてる?』
『わたしのアイリーだぜ?』
エドワードの評価よりもリッカの一言に対してアイリーは何か可笑しみの様な感情を覚えて心の中でなにか温度が上昇したことを感じた。
『ばーか』
言葉とは裏腹な笑顔をリッカが見せる。アイリーは周囲を見回した。
ベッドを中心とした室内。病室というよりもゲスト用ベッドルームという方が近い。アイリーが気を失う直前にいた病室とは違う部屋に移されている事に気づいた。
「…ここは?」
「連邦捜査局が持つセーフハウスだ。位置的にはパターソンに近い。君達の護衛の為に移送させてもらった」
アイリーは部屋の窓から外を見る。庭のつくり等から平屋建ての一般住宅に思われた。
「はは。俺の護衛というよりも周辺への被害の低減を優先させた場所ですね。むしろ有り難い配慮です…状況はどう変化しました?」
「話の早い男だな。助かるよアイリー。君には36時間の睡眠をとってもらった。イノ」
「36時間の間にエレメンタリストはパターソン市警を襲撃。市警庁舎は全滅して無人の状態のまま保存されています。その後のエレメンタリストの動きについても報告はありますが……」
エドワードの言葉を途中で遮ってドロシアが現状をアイリーに告げた。アイリーがドロシアの方に顔を向けて話の続きを促す。
ドロシアは言い淀んだまま沈黙してしまう。嫌な展開があるんだな。とアイリーにも察しがついた。
「俺はもう当事者なのでしょう? 今さら逃げ出そうとしても相手がそれを許さないでしょう。何が起きているんですか?」
『アイリー? わたしはもう知っているから言うけど。今すぐイノリを呼んだ方がいいよ? イノリもこのセーフハウスに避難してきている』
アイリーの心臓に痛みが走った。
『イノリは…… 無事なんだよな?』
『無事だよ。会わなきゃだめだよ? アイリー1人じゃ受け止めきれない話だよ?』
アイリーはリッカに答えない。
『思考停止してる場合じゃないんだけど? この状況でこれ以上巻き込ませたくないとか思い上がってる?』
『リッカ……』
『もういいよ。ドロシア? アイリーに伝えていいよ?』
リッカとアイリーの会話は外部には聞こえない。リッカが直接ドロシアと通信を取ったのだろう。
ドロシアが深く頷いた後に改めてアイリーの顔を正面から見つめた。
「アイリーさん……。 ライアンさんを拉致したエレメンタリストは現在東フィリピン海洋自治国を襲撃。首都を制圧し実質クーデターを成功させ新政府樹立を宣言しています」
アイリーの顔から表情が抜け落ちる。




