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エレメント・アクティビティ  作者: 志島井 水馬
第七章 虐殺の幕開け
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07‐ アイリーの回復

 アイリーはゆっくりと目を開いた。



 横たわっている体に違和感を探るが異常はない。胃が空になっている感覚がある。空腹感はない。輸液で体中に必要な栄養が届けられているからだ、と気づいた。



 眠っていたのか。恐らく24時間以上眠っていたはずだ。疲労は抜けきっているのに体に力が入らない、鎮静剤から目覚めた直後の独特な感覚。



 アイリーはゆっくりと首を左右にふって周辺を見た。病室。テレサの姿はなかった。ベッドの横に大きなエッグチェアが置かれている。現物をわざわざ搬入したのではない。中で膝をかかえて座るリッカが見せている仮想現実だ。リッカはアイリーから顔を逸らしている。



 アイリーは改めて仰向けとなって目を閉じた。



『ごめん、リッカ』

『…なにが?』



『…パートナーが最低な男で』

『ライアンの声を聞いて喜びよりも絶望を感じたこと?』



 アイリーの閉じた両目から涙が流れた。



『アホなの?気の迷いでしょ?』

『いや、本心だ。気が付いた』



『気が付いたんだよね? 今まで意識してなかったんだよね? 行動を支えない考えは本心じゃなくて寝言っていうんだよアイリー。 本心から働きたいと思いながら行動を起こさない無職は本心関係なく無気力系無職だよ? 人の価値は行動で評価されるんだよ?』



『リッカ…… でも』

『わたし違う話したいんだけど? アイリーの意見が聞きたいんだけど? まだ寝言が言い足りない? 鎮静剤打って寝直しとく? この状況で?』



 アイリーのメンタルパラメーターに小さな光が灯り始める。安心したのだ。自分の意見が聞きたいと言われて。 ……リッカが自分を軽蔑していないと知って。



 バカね。とリッカは思うが、それは言わない。他に伝えなければならない話はたくさんある。



『ライアンは別に回復してないよ。ここ、間違えたらだめだよアイリー』



 思わず、アイリーは半身を起こしてリッカの方へと向き直った。リッカがアイリーの視線を正面から受け止める。



『思い出して。4年間一度も目を開かなかった人間が目を開いた瞬間に視界のピントが合って人の顔の判別がつくと思う? 4年間一度も声を出さなかった人間の喉がいきなり正確な発音で発声できると思う? リハビリって言葉知ってる?』



 指摘されればもっともな話だ。リッカの言葉は続く。



『仮にあのエレメンタリストに完全な治癒能力があったとしたら目覚めたライアンは最初に自分がどこにいるのか、安全な場所なのかの確認をするはずでしょ? 特にライアンだったら絶対に自分の一番近くにいる人物は誰なのかを確認するはず。のんびりとアーイリーなんて呼びかけたりしない。見れば分かる事を口にする人じゃないでしょ』



 リッカの声はアイリーに強烈な鎮静作用をもたらす。



『…だとしたら……。 ライアンは意識がないままに体を乗っ取られて今の身体能力を無視した行動を強いられた事になる。これは俺たちにとって収穫といえる情報だ』

『そ? 何がわかるの?』



『感染させた人間を操るという能力の中身だ。感染者の自由意志を奪い洗脳状態にして自発行動を取らせる能力はない』



 アイリーの言葉にリッカが頷いた。発想の同調は復活している。



『ライアンの脳を使って体を操るなら判別できない視覚情報と制御できない筋肉で取れる行動は殆どない。リッカの言う通りリハビリを完了させないと何を指示しても実行に移せないはずだ……。 ライアンの意識が戻った訳ではなく、目は俺を認識した訳ではなく、言葉は自発的に出たものではなく、外部の力でマリオネットの様に、いや見えない力で人形の手足を握って動かす様に操るのであれば…… これはエレメンタリストの能力に高くない限界がある事を意味している……』



『そうなの?どういう風に?』

リッカの問いはアイリーの思考を後押しするための相槌に過ぎない。リッカも同じ考えを既に持っている。



 レストランコート襲撃の時の記憶がよみがえった。 



 例えば閉鎖された広いスペースでアイリーに向かって近寄る事。彼らは自発的にアイリーに近寄る事さえ拒んでいた。自分の意志に反して体が動く事に恐怖していた。



『最も単純な例を考えれば本人の冷静な判断行動なしにはドアの鍵をあけて部屋の外に出ることもできない。ドアロックの開錠には認証IDの思考入力が必要だからだ。エレメンタリストが出せる指示は動かない、逃げ出さない、止まるという様なネガティブな行動に限定される』



 アイリーの考えをリッカが引き継いだ。



『本人に代わってエレメンタリストが自分で周囲の状況を確認しないと行動を制御できないのなら多数の人間に複雑でアクティブな行動をとらせる事はできない…… 感染者の物理的拘束と隔離という基本対策さえ突破できない能力という事になる』



 そこまで一度に考えついてアイリーはようやく自分の思考が回転しはじめたという実感を得た。



『リッカ、俺はどれ位の時間眠っていた?状況はどうなっている?イノリは?』



 リッカがエッグチェアから出てきてアイリーが横たわるベッドの端に座り直した。



『イノリは無事だよ。アイリーが眠っていたのは36時間。状況は忙しくなっているよ。ゲストをここに呼んでいい?』



 アイリーが自分のアゴに思わず手を当てたのは社会人の習い性だった。リッカが笑顔を見せる。



『わたしがわたしのアイリーを無精髭のまま人に合わせる訳ないでしょ』

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