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エレメント・アクティビティ  作者: 志島井 水馬
第七章 虐殺の幕開け
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03‐ プロファイリング

『リッカさん、俺…』

『会話の主導権はこっちに流れてきている。もうちょっとだよアイリー!!』



「蜂の振りをする糞蠅が…貴方がこんな下劣な男だと思わなかった。失望したわ」



 女の怒りに満ちた声を聞いてアイリーが朗らかに笑う。



 目の前で非業の死を遂げたジューリアの笑顔がアイリーの脳裏に浮かぶ。イノリの思いつめた表情が浮かぶ。これ以上、誰にも辛い思いをさせない。



 その思いが笑顔を作れと自分に命じた時、アイリーの様に幾多の苦難を経験した者は普段つくろうとしても作れぬ表情さえ自然に浮かべる事が出来る。



「自分は人殺しだろうが。話を進めろマノラ。俺の要求は伝えた。今度はお前の要求を聞こうじゃないか」



 女の顔が歪む。



「糞蠅が。お前を探した年月の全てが否定された気分だ。ハリストスがこんな下劣な男だったなんて。糞。糞。糞っ……!!」



「先に俺を殺してしまったら、お前はアンチクライストになれないんだろ? キリストのいない世界に反キリストは存在し得ない。お前はただの快楽殺人者にしかなれない」



 アイリーの言葉を聞いて女の表情が一変した。



「言えよ、マノラ」

「貴方に何が分かるというの? アイリー・スウィートオウス?」



「興味のない話を理解しようとは思っていない。お前こそ俺の話を聞いていたのか?」

 そう言ってアイリーは不躾な視線を女の全身に這わせた。


     ・

     ・

     ・


『リッカ、今の時点で分かった事を教えてくれ』



『蜂の振りをする糞蠅、っていう言葉を吐かせたのが最高だよアイリー。その表現を使うのは60代から80代の人間に多い。40年前に流行したヘイトワードだよ。発音のアクセントからこの女は西海岸北部寄りのエリアの出身か、永い居住歴を持つ可能性が高い』



 アイリーに不慣れな演技を強いながらリッカは目の前のエレメンタリストのプロファイルに挑んでいた。



『ヘイトワード以外で言葉遣いに乱れがないのは実生活で教養の高い人間関係の中で生活していたから……。 特定のヘイトワードを繰り返すのは使う単語に拘りを持つ環境で暮らしていたからと推測できる……。 倫理観は高め。というか若干古めかも……。 エレメンタリストは世界に800人しかいない。実年齢60代から80代で合衆国、それも西海岸北部エリアに在住実績があるとなるとかなり絞り込めると思う』



 リッカからの回答にアイリーは心の中で満足気に頷いた。



 アンチエイジングへのアプローチは多岐に及び、実年齢と見た目が一致しない人間は珍しくない。エレメンタリストに当てはめても不自然ではないだろう。



 そうか、とアイリーは一つの事に気づいた。



 実年齢が80代というのがあり得るならば。二人目、三人目のアンチクライストとの接点があった可能性もある。



 僅かづつではあっても手がかりの端緒を手に入れた実感を得てアイリーの顔に微かな笑みが浮かんだ。

 その笑みの意味を誤解した女が怒りに身を強張らせる。



「俺に失望したか。丁度いいじゃないか。男と女が互いの不実を受け入れるには体だけの愛を持つ他ない。知らない年齢でもないだろう?」



 60年前、一度だけ流行した映画の中に出てきたセリフをアイリーは転用した。元から知っていた訳ではない。リッカが探してきた言葉だ。



 そしてエレメンタリストには情報を補完するナビゲーターはいない。自前の記憶力だけで生きているという。流行の記憶は当人の年齢を推察する根拠となる。



「体だけの愛は全ての不実を許し、心だけの愛は許すという事を知らない」

 女が小さくつぶやいた。



 映画の台詞そのものだ。



 その瞳に燃えていた怒りの感情が一瞬の間だけ薄らいだ。



 遠い昔を思い出しているのだろうか。

 アイリーの目にも強い光が宿る。



 一度も再評価される事なく数十年を経た映画を即座に思い出せる程の映画マニアと自分が若かったころの流行を忘れずにいる80代の高齢者。



 出会う確率が高いのはどちらか。



『生まれた時から社会に痕跡を残さぬ様に仕組まれて育った者でない限り、生きてきた証は必ず何らかの記録に残っている。リッカ、探してくれ』



『ナビゲーター持ちの人間なら一瞬で見つかるのに!!』



『手順は同じだ。グループの記録に着目してナビゲーターからの情報提供を一度もしてこなかった個人を探してくれ』



『針の山の中から藁探せってかー!!』



「私を謀ったわね、アイリー・スウィートオウス」

 肉声で声をかけられてアイリーは意識を声の主へと向けた。

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