12- 不可解な事故
※痛い描写が含まれます※
思考通信の深層回線が繋がる。テレサとリッカの応答も可能な状態となった。
フィギュアロイドがアイリーの傍らに立つリッカの方を見て微笑んだ。
紙媒体や表示装置を介さずに映像をやりとりする為にテレサとアイリーは室内をモデルとした仮想空間を共有構築する。空間に画像や動画を展開させるためだ。
展開された仮想空間の中でリッカは自分の姿も立体映像として構築している。その姿をテレサが認識したのだ。テレサの横に幾つかの画面が浮かび上がる。
『先ずこの動画を見て。2週間前に発生した死亡自損事故。目撃映像が報道されて世間の注目を浴びている事故よ』
『……自損事故が注目を?』
不審げなアイリーの問いにテレサが注釈を加えた。
『存在しないモノに衝突した原因不明の交通事故…… 運転者が交通事故では起こり得ない傷を負った怪奇現象事件…… 呪いが発動した殺人事件…… と続報が出るたびに印象を変えながら注目され続けているケースよ。この事故、あるいは事件のことを知っていた?』
アイリーは正直に首を横に振った。自損事故を印象込みで報道する様な番組、事実よりも視聴率を重視するようなインフォテイメントと呼ばれる番組を視聴する習慣のないアイリーだった。
テレサが動画の再生を始めた。アイリーが動画を注視する。
晴れた日の郊外の自動車専用道路。片側3車線、路面は瑕疵もなく舗装されて丘陵に挟まれた中を平坦な直線が続いている。
一台の車が見えてきた。二つの車線を跨いで走行している。回転灯が周囲に注意喚起の光を振りまいている。
1車線では収まりきらない大きさの工事車両。小型のビルかと一瞬見間違う大きさだ。全長10メートルを越える車体を16輪のタイヤが支えている。
大規模整地などに用いられる自律型工事車両だ。すれ違う偶然を得た目撃者、つまり映像の投稿者が興奮の声をあげた。
巨大な工事車両は反対方向へと走り去り投稿者もまた視線を前方に戻す。10秒ほどの間隔を置いて対向車線にもう一台、普及型の乗用車が現れた。投稿者はその対向車に一定の注意を払っていた。
互いにすれ違うまであと数秒という距離で対向車の前部が突然低く沈んだ。そのままボンネット前部が地面に当たり車体が垂直に立ち上がる。
車両はそのまま転覆し天井部分と路面の間から摩擦の火花をあげながら滑走を始めて不幸にも陸橋の橋脚部分に激突した。
障害物はもちろん、何の凹凸もない平坦な路面で起きた事故だ。 そしてほんの10秒前に通過した工事車両は全くの無傷で通過した場所で起きた事故だ。
映像はここで終わっている。
『貴方の意見を聞く前に人的被害状況も伝えるわね』
テレサが抑揚のない声で告げた。アイリーの表情に変化はない。
『助手席に搭乗していた乗員は打撲を負いながらも軽傷。乗用車の持つ安全基準を考えれば当然ね。でも運転者は死亡しているわ』
アイリーの表情はまだ動かない。テレサの説明は続く。
『直接の死因は脳挫滅。他に右腕が切断されていた……。 胸部も肺と心臓にも致命的な裂傷を負っていた。顔面の下半分も切断されていた……。 凶器は不明よ。現場からは発見されていない』
『…… 交通事故で身体の切断があった場合、多くはサイドウィンドが凶器となっています。その可能性は?』
『ないわ。サイドウィンドウは全開状態となっていた』
車内のどんな設備にぶつかったとしてもこんな傷は起こり得ない。
リッカがアイリーの横顔を見つめた。アイリーはその視線に気づきながら応える気配も見せなかった。




