12‐ 迎撃
墜落経験がない訳ではない。だが墜落死すると決定している落下と、着地した上で次の行動に移らなければいけない落下とでは緊張感が違う。
『大丈夫なんですか?これ?』
『平気平気。進行方向に傾斜させながら着地して衝突エネルギーをそのまま推進エネルギーで分散させれば問題ねえよ。あたしのスタリオンを信用しな』
上機嫌なクラリッサの言葉が終わらぬうちに地面が間近に迫ってきた。
怖い、という感情は生まれなかったがアイリーの視界が急激に明るさを増した。
大型バイクは病院の正門へと続く1本道に向けて落下している。その路面を覆うアスファルトの劣化具合が顔を近づけているかの様に見て取れる。
巨大な病院の建物全景が視界に収まるほどの距離があるにも関わらず、正面側に面した窓の内側、屋内の様子全てが視認できる。
アイリーの感覚向上が発動したのだ。
アイリーは視界を空中へと向ける。
ハンモックでの惰眠を楽しむ様な姿勢でリッカが自由落下を堪能しているのが見える。満面の笑顔だ。
『いや、落下にスリルを感じてるワケでもないから、コレ演技なんだけどね』
『楽しそうでなによりです』
『楽しいよアイリー? 命を賭ける一瞬は楽しむ心の余裕が重要だよ』
『その通りだよリッカ、ありがとう』
『なあリッカ?』
アイリーには認識できない高速信号でクラリッサから通信が入る。
秘密の会話を意図したものではない。着地まで数秒しかないという忙しさ故の通信選択だろう。
『なに』
『もっとこう、ハートフルな会話があるもんだと思ってたよ。ほら、ライアンはきっと無事よ? とか、全て上手く行くわ大丈夫、とか』
リッカの顔に一瞬だけ笑顔が浮かんだ。
アイリーと視覚を同調しているクラリッサには自分が何をどう見ているかと並行してアイリーにはどう見えているかのデータも蓄積されている。
アイリーの視界の中にだけ存在するリッカが一瞬浮かべた表情にも気づく事が出来る。
サイコパスがよく見せる表情にとても似ている、と感じた。言葉には出さない。
『ナビゲーターはパートナーが言語化していない願望や本音まで掴みながら最適の助言を探るんだよ。アイリーが必要としていない事は言わない』
リッカは抑揚のない声でそう答えた。
大型バイクの後輪が高速回転を始める。
リッカの言葉の真意はどこにあるのだろうか。クラリッサの心に小さなひっかかりが生まれた。
アイリーの意識にスタリオンの声が聞こえてくる。
『横転しなければ何とでもなるから大丈夫だよ。アイリー』
『スタリオン、今回エドワードは出動しないんですか?』
『緊急救命装置なら病院内に揃っているよ。先程マスターリッカが病院内のシステムに主導権ごと連結してくれた。これは心強い支援だよ』
『まあね。スタリオンはわたしに感謝しても構わないよ?』
空中でクラリッサが器用に体重を移し大型バイクが前輪を浮かせたままで走行できる姿勢を取る。
バイクの後輪を両側から挟んで装備されている箱からジェットエンジンによる推力が放出される。
着地の直前に逆推力を得るため、接地後に進行方向へ加速させるためだ。
アイリーの視界が上下に揺れた。接地したらしい。
瞬間、視界の全てが後方へと流れた。接地と同時に大型バイクは滑走を始めた。
『すごい速度だ』
『飛行機と違って自重が軽いからね、時速で言えば500キロを超えてるんだぜ? 爽快だろ?』
数キロの距離を1分を掛けずに走破しながら、それでも大型バイクは時速を150キロ程度まで減速させる事が出来た様だ。病院の正門が見えてくる。
正門といっても閉鎖する様な門扉はない。道の両側に柱が立っているだけで建物入口に面するロータリーまで何の遮蔽物もない。
その何もない空間に6本脚の武装兵器が4機、陽炎の揺らぎが形をとった様に現れた。




