09‐ 侵蝕部隊の協力
『マスター・リッカ。昼過ぎの襲撃から5時間、忙しい一日だね?』
リッカの意識の中に声が聞こえてきた。エドワード・スタリオンとの通信がつながったのだ。
『ライアンが襲撃される怖れがある。保護してほしい。データを送るよ?』
リッカがデータを送信した。ただしテレサから受け取った情報のすべてではない。過去の映像などは送信していない。アイリーがハリストスと呼ばれた事、病室でのテレサとイノリとの会話記録のみだ。
『……。 なるほど……。 連邦捜査局の極秘ファイルにもアンチクライストの項目はある。ハッシュバベルが所有するものに較べたら不完全だけどね。ハリストスという名が出てきたから急いで情報確認を始めたところだよ』
エドワードの答えにリッカは不信感を持った。自分達一般人とは共有するつもりのない情報を数多く抱えているのだろうと感じる。だが今は話が早い事が重要だ。
『理由は分からないけれどエレメンタリストはアイリーを自分と対峙させようとしている。その動機を与える為にライアンが襲われる可能性がある。保護してスタリオン』
『アイリーの予測力は流石だな』
返答の内容がおかしい。まるで答え合わせが既に始まっている様な言い方だ。
『実はライアンが入院しているハッシュバベル・パターソン病院から5分前にエレメンタリスト襲来の通報が入って急行中なんだよ。マスター・リッカ』
緊迫した雰囲気を微塵も見せないのは通信にマルチタスクで分けられた個性が対応しているからだろう。
『リッカさんドロシアです。私達の作戦の目的は市民の救助と襲撃者の特定です。アイリーさんがライアンさんを標的としていると予測するのなら信頼します。ライアンさんの保護を最優先させます。アイリーさんの協力を願えますか?』
誰でもいいから一人でも多く助ける作戦。全てに優先して特定の一人を助ける作戦。当然にその内容は大きく異なってくる。居合わせた者は要救助者ではなく作戦成功のための盾として使われる事もある。
『保護すべき人命に優先順位をつける事はできますが襲撃者の情報を得られないまま作戦を終了させる事は出来ません。襲撃者情報の特定にアイリーさんの協力を要請します』
リッカは重大な判断を突き付けられた事に気づいた。
今の段階でドロシアとリッカの会話はアイリーの意識に届いていない。緊急を要する為に言語化を省略した信号通信の形をとっているからだ。
ライアンの保護は最優先としなければならない。ライアンを失えばアイリーは激昂しアンチクライストは目的を達成する。
それは虐殺計画が次の段階へ移行する事を意味する。阻止しなければならない。だがライアン一人の保護を目的の第一に、襲撃者の特定を第二に据えるという事は巻き込まれた者の救助保護は優先順位から大きく外れるという事になる。
あれもこれもと手を出せるほど余裕がある作戦ではない。アイリーは自分の兄の救出の為に他人の命の犠牲が前提になる作戦を是とするだろうか?
だが代案はない。状況は甘えを許さなかった。
リッカは気持ちを切り替えてドロシアに協力を約束した。
『ドロシア。アイリーは具体的にどんな形で協力できるの?』




