30- 当然の懊悩
アイリーの推理をきいたテレサはゆっくりと頷いて見せた。
『情報を規制しているのがハッシュバベルだというのは正解よ。もう一点付け加えるなら人間にはアンチクライストの事を調べる事ができないから各国政府は事件への関与を放棄したという理由があるわ。叫喚鮫を例にとれば映像を再生させて叫喚鮫の咆哮を聞いた者は全員がその場で水となって消えたわ』
『そんなモノを俺に見せたんですか!?』
フィギュアロイドが笑った。あら、気が付いた? という表情だ。
『大丈夫よ。叫喚鮫が現れたのは146年前。発動させたエレメンタリストはもう死んでいるわ。でも存命中は効果が有効かもしれないから人間は誰も記録を見る事が出来ない。次世代に現れたアンチクライストの現在の生死は不明なの。だから誰も虐殺を検証できない。対策は生物としての命を持たない私達AIとハッシュバベルに所属するエレメンタリスト達に委ねられた。理解できる流れでしょう?』
アイリーの顔に困惑が浮かぶ。理解できないという顔だ。
『次世代に現れたアンチクライストの生死が不明というのはどういう事ですか?』
『大虐殺はいずれも途中で能力が解除されたという形で終わっている。その現場に後から乗り込んでもその時のハリストスの死体、またはその痕跡があるだけでエレメンタリストの死体が発見された事はない。だからアンチクライストの身元さえ分からない。本人の名前でなく能力の特徴で名前が残されているのはそういう事よ』
アイリーは顔をしかめた。質問を重ねるほどに悪い情報しか返ってこない。
しかも話の流れの終点には自分の死が確定しているような予感しかない。
カイマナイナは言った。生き残ったハリストスなんていないんだから。テレサも言った。その時のハリストスの死体があるだけでエレメンタリストの死体が発見された事はない。
ああ、やっぱり帰りたい。とアイリーは思った。 だがすっきりして帰らないと問題解決にはならない。とも気づく。




