10‐ なんでえっちなコト言うの?
その両肩が小さく震えている。大きな目に涙がたまっている。
小さな鼻からは透明な鼻水まで出している。
「なんで? ……なんでみんなの前でわたしにえっちなコト言うの? お兄ちゃん?」
フィギュアロイドが大声で抗議し、しゃくりあげ始めた。
必然、周囲の注目がアイリーに集まる。
「アイリーお兄ちゃんに…… えっちな言葉をいわれたら… わたしは顔が赤くなる仕様なんだよ? ……なんで知らない人がたくさんいるところでわたしにそんな…… えっちなこと言うの?」
『おおお!! アイリーマニアックスの女子がパニック起こしてる!! 投稿もバズってるよアイリー!!』
リッカが手を叩いて喜びの声をあげた。
高次AIは必要のない嘘をつく。あるいは自分の目的の為に情報を捏造する。
退屈な通勤時間に不意を突いて現れたソープオペラに通行人は歓喜した。
アイリーが声に出さずに思考で呼びかけた。
『こっ…… この仕打ちなに!? 俺なにかテレサに恨み買ってたか?』
リッカの返答は容赦がなかった。
『ID検索でテレサにたどり着けない連中の陰口なんて気にしないでいいでしょ?』
『よくないよ! どうしてくれるんだよ? この状況!?』
ハッシュバベル本部では目の前にいる者が職員か部外者かを見分けるID検索システムが構築されている。
役職者であれば相手の所属と役職の他に個人名やプロフィールも検索できるが一般職員では相手が部外者かどうかの判定しか表示されない。
一般職員が今のテレサを検索して得られる回答は“ハッシュバベル職員の所有下にあるフィギュアロイド”であり職員の名前は非表示となっている。
非表示であっても二人連れで親密な会話を展開しているのならこのフィギュアロイドの所有者はアイリーなのだと誰もが予想する。
『アイリー!! タイニィな胸の子たちがアイリー投稿に参戦しはじめたよ!!あはっあははっ』
リッカの爆笑がアイリーの意識の中に虚しく響き渡った。
「……。 俺に用があって声をかけたんですよね? 伺いますので場所を変えましょう、テレサ』
テレサが宿るフィギュアロイドが幼くも満面の笑みを浮かべて頷いた。
「女性からの問いかけにはもっと細心の注意を払うべき……。 良い学習機会を得たわね? アイリー? いいわ。貴方に秘密のお願いがあるのよ。ついてきて。貴方の職場には予め断りを入れておいたわ」
俺の自由意志は…… と思ったがアイリーは黙ってテレサへ付き従った。
1秒でも早く、この場を離れたかったのだ。
正規の連絡ルートが幾つも存在し、例えば上長を介しての指示という形であれば‟お願い”などする必要すらなくアイリーを動かせるテレサが筐体に入ってまでアイリーを迎えにきた。
その真意にも強い興味があった。




