26‐ リッカの独白
アイリー・スウィートオウスとはどんな男なのか?
どんなに現実味のない不運を突き付けられてもそれが実際に起こっている事ならば全て受け入れて解決に挑む。
不撓不屈、鋼の精神を持つ男。徹底した現実主義者。無私の使命感で見知らぬ他者の悲劇に立ち向かってこれを退ける男。幾百の死から必ず生還を果たす現代の英雄。
周囲はアイリーをそう評価している。でも違う。本当のアイリーは違う。
リッカは自分の本心をテレサに伝えた。
生後間もないアイリーの脳にナビゲーターとして移植されて以来、アイリーと共に育ったリッカは本人以上にアイリーという人物を知悉している。
アイリーは先天的に自己肯定能力を欠落させたまま生まれてきた。
自分自身を考える時に評価する基準が思いつかない。自分の気持ちを最優先する能力がない為に生まれてくる欲求に正当性を感じる事が出来ない。
自分は他人にとって救いもない程に迷惑な存在だとしか思えない。だからこう感じる。
自分には他人から期待される素質も助けを得られる価値もない。そんな自分には他人の役に立つ以外に自分の価値を証明する術がない。
凄惨な悲劇は自分の所に集まるように出来ている。幸運は他人の所にしか訪れない。
後天的な理由はない。生まれた時にそう決定づけられている。
悲観でも諦観でもなくアイリーはそう思い込み、その考えを受け入れている。
リッカの主観で言えばアイリーは現実主義者ではない。アイリーにも理想があり、希望を持って現実を変えようと足掻いている。
だが自分が持つ理想や希望は他人には無価値だから表に出す事にも行動の動機とする事にも意味を見出せない。
だから現実を精査し事実を積み上げて自分の様な人間が取っても許される行動だけを選択する。許される行動の中だけで、課せられた義務を果たす事が自分が生きる事を許される絶対条件だ。
そう信じ込んでいる。
それが周囲には現実主義者の様に映る、というだけの話だ。
自己肯定能力を欠落させて生まれてきたアイリーに一番の愛情を注いだのは天才という素養を持って生まれた兄。
リッカはそれを不運とも悲劇とも考えていない。その組み合わせがアイリーを今の境地に辿り着かせたのだ。
今、アイリーは大虐殺を実行しうるエレメンタリストから敵対者として名指しされている。
ふざけるな、俺は関係ない、知らない。
俺を傷つけるな、という心の動きをアイリーは生み出す事が出来ない。
そうか。仕方ないな。でもその役が俺なのか?だって俺だぞ?
そう自問しながら現実的な解決策のみを探り始めている。
アイリーは英雄ではない。救世主でもない。
不運と悲劇に対する耐性が砦の様に固く、他人を利する事でしか自分の価値を肯定できない男。
そして現実には英雄にしか成し得ない事を為し、救世主にしか成し得ない事を為す男。
それがわたしのアイリーだ。
ただ案外、歴史上の英雄もそんな感じだったのかも知れない。




