25‐ アイリーの疑問
『キリスト教圏で育った誇大妄想癖のある者がキリスト教神話を題材に自分を語るのは不思議ではありません。でも登場人物の呼び名が会派や言語を無視して決められているとしたら名付けた者は宗教に疎く、言葉の響きだけを重用する稚拙な考えの持ち主です。稚拙な考えで立てた計画は杜撰になる。杜撰な計画に後継者が複数回も現れるとは思えません』
同じ名を名乗るという事は彼らは各々に共通点があり、その名前を名乗る価値を見出しているという事だとアイリーは考えた。
最初の虐殺者、叫喚鮫はどうして自分をアンチクライストと名乗ったのか。その理由は必ず、今回の襲撃者に辿りつく重要な手がかりになる。
『さすが特別調査官ね。叫喚鮫、彼女はいきなりボゴダを襲った訳ではないわ。その前にコロンビア軍と郊外で衝突を繰り返していた。その衝突の過程で名付けられた名よ。そして彼女は自分がアンチクライストと呼ばれている事を知って自らも名乗り始めた』
アイリーが視線を自分の手元へと落として自問する。
『何故、反キリストなんて大仰な名を名乗った? もう一つ…… リッカでも詳しい情報を見つける事が出来なかった大虐殺を2人目以降のアンチクライストはどうやって知る事ができた? 同じ名前を名乗る事を決めた理由はなんだ?』
アイリーの独り言を聞きながらテレサは改めてアイリーに驚きを感じていた。
自分の身の安全や事件と無関係であるという主張。あるいは逃亡の計画。自分を保護する義務がある組織の検索。
他に気にするべき事は幾らでもあるだろう。
なのに最も優先して回答を求める疑問が現代のアンチクライストへの手がかりか。
彼は早くも虐殺のエレメンタリストと対峙する覚悟を持ったのか。
『アイリーは何で俺がこんな目に? とは言わないのね? リッカちゃん?』
黙考を始めたアイリーには声を掛けずにテレサはリッカへと話しかけた。
『まあね』
通信回線で会話を交わしながらリッカはナビゲーターとして見たアイリーの姿をテレサにオープンにしようと思った。
アイリーが重大な危険に直面している事、避けがたい追跡を受けるであろう事は理解している。その時にテレサの存在、その協力は正しく命綱になる。
そのテレサに誤解を与える事は出来なかった。
自分から見たアイリーという男の真実を伝えよう。
これがわたしのアイリーだよ、テレサ。
会話ではなく、思いそのものをパッケージデータにしてリッカがテレサへ送った。テレサがそれを瞬時に理解する。




